同日、襲撃事件

 首都へ飛んだ千波と雷斗は、魔法考古学省の門を見ると驚きのあまり何も言えなくなった。何人もの魔法師が群衆に押され、碌に魔法が使えていない。


「第5支部の魔法師か?」

「そうだけど、どちら様?」

「俺は大臣補佐官の榊原秋人。お前たちの支部長に連絡した者だ」

「お役人さん? なんで何にもしてないの?」


 責めるようになってしまったが、それも仕方がない。千波が見る限り、彼は飛行魔法で上空から群衆を見ているだけなのだ。


「……これでも減ったほうなんだ。もう何人も捕縛した。それでもあの数の魔法師が抗議し続けている」

「はあ!?」

「正直、俺は今もうほとんど魔力が残されてない。伝令役としてここに残されているんだ」


 雷斗は地上を見た。今までの魔法狩りの比ではない数の人々が押し寄せている。魔法を使える者は役人を押しのけて建物に入ろうとしたり、あちこちに攻撃魔法を放っていた。


「手短に話す。つい先ほど、大臣が襲撃された」

「なっ……」

「遅かったってこと……?」

「魔法考古学省にも伊藤朱音派とでも呼べばいいか、そういう連中が現れてな。大臣を攻撃した」


 仕事中の舞子を狙い、攻撃したのだと秋人は語る。


「幸い、とある協力者のおかげで軽傷で済んだが、すぐに表に出れるほどではない。ただ……大臣襲撃のニュースが出回り、連中はさらにヒートアップした」


 正しき大臣ではなかったから天罰が下ったのだと。やはり大臣は伊藤朱音であるべきだと。抗議し続ける者たちはさらに過激になった。


「とある協力者って?」

「……大臣の娘と、その夫だ」

「なるほど。裏切る心配はなさそうだね」


 念のため、と確認した千波は安心したように頷いた。助かったと油断したところで襲われては、流石の大臣でも対処できないだろうから。


「千波、下の全員止められるか?」

「まっかせなさーい……って言いたいところだけど、ちょっと厳しいかな」

「わかった。お前が歌い終わった後、残りは俺が片付ける」

「了解。じゃ、鎮静の歌、歌っちゃいます!」


 千波が大きく息を吸った瞬間、雷斗は秋人に「耳を塞げ!」と叫んだ。彼自身は防音の魔法をかけている。ドラゴンの姿だと、上手く耳が塞げないので。


「は? え……あああああ!」


 耳を塞ぐのが遅れた秋人は、響いた歌と思わしき何かに耳を攻撃された。不協和音なんてものじゃない。むしろそれが可愛く思えるレベルだ。黒板を引っ掻いたような音に立て付けの悪い扉の開閉音、何かの生き物の金切り声、そんなものがぐちゃぐちゃに混ざった「何か」。


 千波の口が閉じ、ようやく一曲終わったことを確認すると、秋人は慎重に耳から手を離した。


「……すごいな」

「でしょー」

「……いや、本当に」


 何故か千波は誇らしげだ。今まで誰か彼女に音痴だと言った者はいないのか。秋人はまだ耳の奥で歌らしき何かが響いているような気がして、頭を押さえた。


 歌声は酷いが、効果はしっかりとあった(もしくはあまりの酷さに気絶した)ようで、地上の群衆の大半が大人しくなっている。


「すまないが、俺は大臣のもとに向かう。後は頼んだ」

「はっ! オレ様たちに任せて魔力切れの役人は引っ込んでろ!」

「素直じゃないなあ、もう」


 魔力が完全に尽きる前に大臣のところに行っておいで、を雷斗風に言うとああなる。それをわかっている千波は、くすくすと笑った。


「さて、まずはできるだけ上空から攻撃しよっか」

「そのほうが楽だな」

「もう1回歌っとく?」

「さっきので大分魔力使っただろ」

「大丈夫、いけるよ」

「もう少し数を減らしてからにしとけ」

「はーい」


 雷斗はそのまま少し地上に近づくと、炎を吐いた。人が怪我をしないギリギリの温度と威力だ。


「ド、ドラゴン!?」

「魔法考古学省の役人か!?」

「気にするな、やっちまえ!」


 群衆は雷斗に向けて様々な魔法を放つ。だが、ドラゴンの固い皮膚に守られ、雷斗は掠り傷すら負っていない。


「千波、少し離れてろ」

「りょうかーい」


 千波は雷斗の背から飛び降り、飛行魔法で浮かんだ。声が枯れないよう、光特製ののど飴を舐めておく。


「まっず」


 しかし、効果は確かなので諦める。ひたすら口の中で転がして、一刻でも早く溶けるようにする。


 千波がのど飴と格闘している間、雷斗は抗議し続ける群衆を相手にしていた。大抵の相手は自身より弱いので、すぐに倒せる。だが、中には魔法適性値が高そうな相手もいて、執拗に攻撃をしてきた。


「しつけえな!」


 雷斗は確かに人間よりは固い皮膚と頑丈な体を持っている。だが、純血のドラゴンではない。流石に、何度も攻撃されれば多少は傷つく。


「千波ちゃん歌いまーす」

「頼んだ!」


 防音魔法をかけると同時に、雷斗は高く飛び上がった。美声の持ち主であるはずの純血の人魚だが、何故か音痴の千波の歌声が響く。


「よっし、これで門の前は大丈夫かな?」

「問題は中にも同じような連中がいるかもしれねえってことだろ」

「うーん……じゃあ、雷斗はヒトの姿に戻ってよ」

「はいはい」


 雷斗は息をついて、ゆっくりと人型に戻る。そのまま、2人は魔法考古学省の建物の中へ向かって走った。

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