同日、危機到来

「……あちゃ~」


 柚子は秋人からの連絡を聞き、頭を抱え込んだ。


「なんだよ」

「どうした?」

「う~ん、どうしたものか~」

「なあに? どうしたのよ?」


 戻って来た直が、悩む柚子を見て言った。彼女がそんなに考え込むのは珍しいことだ。


「今、魔法考古学省の子から連絡が来たのね。で、まあ、朱音のスピーチは大成功だったって言ってるの」

「よかったじゃないですか」

「うん、そこはそうだね。薫と恵美も頑張ってくれてありがとう。ただ、問題は……想像以上に成功しちゃったことだね」

「想像以上? 何、魔法狩りが朱音信仰でも始めた?」


 茶化すように言う恵美。だが、柚子はそれに頷いた。


「今、魔法考古学省の門の前では、『伊藤朱音を魔法考古学省大臣に!』って魔法狩りや一般市民も集まって騒ぎが起きてるらしいよ」

「……初代大臣の血筋?」

「伊藤天音の再来ってことで大騒ぎしてんのか」

「そういうことみたい。まだ怪我人は出てないらしいけど……このままじゃ、大臣襲撃も時間の問題だって」


 若槻舞子ではなく、魔法復活の祖、伊藤天音の血を継ぐ朱音が大臣にふさわしい。群衆はそう口々に叫びながら、魔法考古学省に乗り込もうとしている。


「それで、朱音も危ないって」

「え? どうして?」

「考えてみて、千波ちゃん。もし、魔法考古学省にも同じ考えの人がいたら? 朱音ちゃんがどこに配属されてるかなんてすぐにわかるわ。そこから、朱音ちゃんを誘拐みたいに攫って無理矢理魔法考古学省に連れて行くかもしれないでしょう」

「で、でも、その人たちは朱音を崇めてるわけだよね? そんな酷いことしないんじゃ……」

「……する」


 緩やかに首を振って、璃香は呟いた。


「……人間は、欲しいもの、絶対手に入れたい」

「朱音が大臣になって欲しいと思ったら本人の意志なんて関係なく大臣職につかせるだろうってさ」

「だろうな……」


 同意したのは雷斗だ。彼は血の気の多い性格はしているが、意外と現実を見ている。


「じゃあ、どうすればいいの……?」

「まずは2手に分かれましょうか」


 直は適当な紙を呼び寄せると、真ん中に1本線を引いた。左に魔法考古学省、右に支部と書く。


「多分、首都の他の支部や魔法警備課が騒動をどうにかしようと向かってるはずだけど、それでおさまってたらあんな連絡は来ないはずだわ。だから、うちからも何人か行きましょう」

「ただ、あんまり多くそっちに行っちゃうと、朱音を守れなくなるよ」

「そうね……じゃあ、千波ちゃんと雷斗ちゃん、行ってくれる?」


 人魚の千波ならば、歌が聞こえる範囲にいる人間全員に魔法をかけることができる。そして、雷斗ならば、その千波を守りながら空を飛べる。2人が組むことが多いのは、そういう理由があったからだ。


「わかった」

「任せろ。もう行って平気か?」

「お願いするわ」


 直が頷く前に、2人はもう飛び出していった。外から雷斗の咆哮が聞こえる。


「残りのメンバーが朱音ちゃんを守るのよ」

「って言っても……ボクたちは戦闘面ではほぼ役に立ちませんよ」

「私も。奏介だって具合悪いし……」

「あら。その昔、旧第5研究所にいた研究員は全員戦ったのよ?」

「この平和な時代に戦える人材は貴重なんですよ」


 とは言いつつ、薫は何か作戦があるようで、準備運動をし始めた。肩を回してやる気は十分だ。


「朝比奈さん、爆薬って残ってましたっけ?」

「あるけど……どうするつもり?」

「もちろん爆発ですよ」

「建物は壊さないでちょうだいね!?」

「大丈夫です。ボクの固有魔法、忘れたんですか?」

「……まあ、それなら大丈夫かしらね……」


 薫の固有魔法を思い出し、直は引き攣った笑みを浮かべた。大丈夫とは言ったものの、安心して任せられるわけではなかった。が、今はそんなことを言っている余裕はない。


「私も戦うよ」

「柚子ちゃん!?」

「部下が狙われてるんだ。上司として戦わないとね」

「けど……」

「いいから」


 直はなにやら言いかけたが、柚子に止められて口を噤んだ。


「じゃあ、作戦を立てようか」

「わたしたち、前線」

「……いや。私が最前線に行く」


 当然のように最前線に行くと手を挙げた璃香だが、柚子に断られてしまった。どうして、と言いたげに彼女を見つめている。


「広範囲の攻撃のほうが得意だから。璃香と光はその後ろで私が倒し損ねたやつをお願い」

「……ん」

「わかったよ」

「それならボクたちはさらにその後ろで。奇襲でも仕掛けるとしますかね」

「私もか……まあ、しょうがないね」


 恵美が自分に言い聞かせるように呟いた。武器のストックはたくさんあるし……と何やら恐ろしいことを言っている。


「アタシはさらにその奥ね。最悪の場合、朱音ちゃんを連れて逃げるわ」

「それがいいね。まあ、その最悪が起きないのが1番なんだけど……」

「逃げるとしたらどこがいいかしら?」

「首都まで逃げて」

「え!?」


 魔法考古学省がある首都に行ってしまえば、朱音は数えきれないほどの魔法師に狙われるだろう。だと言うのに、柚子は首都まで飛べと言う。直は「正気!?」と叫んだ。


「正気だよ。今、首都には……私が知る限り、最も強い魔法師夫婦がいるから」


 100年前から、彼女たちは最強だった。

 柚子はかつての友人を思い出し、にっこりと笑った。

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