同日、上司命令

 一方、その頃。第5支部では、今もなお眠る朱音を守るため、皆が準備をしていた。


「……今のところ、誰も来ていないみたいね」


 医務室のカーテンをそっと開け、直は外の様子を窺う。嵐の前の静けさ、と言うべきか、外は恐ろしいほどに静かで、誰もいない。


「何にも起こらないなら起こらないでいいんだけどね……」


 咳の合間に奏介が言う。青い顔は変わらないが、それでも起き上がれる程度には回復したようだ。


「そうね。でも、多分それは無理だわ」

「わかってるよ……」


 再び、奏介が咳き込み始めたとき。大量の魔力の気配がした。


「ああやっぱり……始まったみたい」


 門には、セキュリティの魔法がかけられている。並大抵の魔法師はそれを突破することはできない。もしそれが破られるとしたら――何十人もの魔法師が一斉に攻撃するか、もしくは、唯一解除方法を知る魔法考古学省の人間の仕業に違いない。以前の第97支部は前者、そして、今回の第5支部は後者だった。魔法衣を纏った人物が門に触れ、セキュリティを解除した。


「柚子ちゃん……」


 心配だが、いつまでも眺めているわけにはいかない。直には直の役目がある。カーテンをしっかりと閉じ、いつでも戦えるように構えた。










「……なんだ、この静けさは……?」


 第5支部に侵入した者たちは、周囲を見渡した。襲撃されているというのに、誰一人出てこない。もうとっくに何処かに避難したのか。そう思っていると、建物の中から、ゆっくりと1人の女性が現れた。妖精族特有の尖った耳をしている。


「第5支部へようこそ。お帰りはあちらだよ」


 彼女――柚子がそう言った瞬間、あちこちから植物の蔦が生えてきた。蔦は侵入者たちに絡みつき、その場から動けなくする。


「火だ! 燃やせ!」

「こっちまで燃えるだろうが!」

「なら斬り落とせ!」


 そうして話している間にも、蔦はグルグルと絡みついていく。


「クソッ!」

「無事な奴は進め!」

「伊藤朱音を……正しき大臣を奪い返せ!」

「返せっておかしいよね。朱音はモノじゃないし……そもそも、私の部下だよ」


 柚子の目が鋭く侵入者たちを睨みつける。それに比例するように、蔦がさらにきつく絡みついてきた。


「邪魔する奴は死んでもらう!」


 蔦から逃れた者が、柚子に炎の魔法を放った。柚子が植物を司る妖精だと判断して、弱点であろう炎を使ったのだろう。


「……氷……」

「なっ!?」


 炎は、突如現れた氷の壁に阻まれた。その壁を乗り越え、軽い身のこなしで璃香が身の丈よりも巨大な鎌を振るう。


「柚子、ピンチ?」

「……ははっ、まだ大丈夫だったけど……助かったよ」


 氷の壁の向こうから、くぐもった柚子の声が聞こえた。璃香は鎌を再び振るい、敵を蹴散らしていく。


「悪い子」


 恐ろしいほどに冷たい瞳だった。海のような青い色。冬の寒さからではない震えが侵入者たちを襲う。


「凍らせよう。悪さができないくらい」


 璃香を中心に、氷が広がっていく。いくら炎を放とうと、その氷が溶けることはなかった。絶体絶命。そう思われたとき、背後から増援がやってきた。


「……キリがない」


 黒髪を靡かせながら、璃香は不機嫌そうに言った。


「俺の出番か?」

「ん」


 遅れて、光がやって来た。ニヤリと笑いながら短剣を抜く。


「おい、柚子! あとどのくらいいける!?」

「もう1回はいけるよ」

「なら頼んだ!」

「はいはい」


 再び、植物の蔦が生えてきた。だが、流石に対処法がわかってきたのか、侵入者たちは蔦が近づく前に炎の魔法で燃やしてしまう。


「隙アリ!」


 蔦の対処に追われた相手は、光の動きに気づけずに吹き飛ばされる。ただの短剣の威力ではない。目を回す敵に、光は笑って言った。


「俺の固有魔法は、実力の3倍の威力を出せるってモンだ。さーて、次喰らいたい奴はどいつだ?」

「ひっ……」


 怖気づく敵の中から、何人かが飛び出す。余程実力に自信があるのだろう。武器を片手に、光に向かって行く。


(……まあ、正確に言えば、『自分の思ってる威力の3倍の力が出せる』魔法なんだけどな)


 例え1の力しか出していなくとも、光本人の中で100だと思っていれば、発揮できる力は300だ。彼自身は璃香ほど体術に秀でていないが、その固有魔法を使って今まで戦ってきた。言ってしまえば、「俺は最強」という思い込みの力で戦っているようなものだ。それを知っている璃香は、うっすらと笑いながら大鎌を片手に走り回っている。


 1人1人はさして強くはないが、とにかく数が多い。璃香が氷漬けにしても、すぐに増援がやってくる。


 さらに、問題が1つ。


「……ぅ」


 柚子の魔力が、尽きかけている。

 一般に、妖精族は人間よりも高い魔力を持つ。だが、今の彼女には、人間と同等かそれ以下の魔力しかなかった。


 理由は、寿命だ。

 柚子には、もうほとんど寿命が残されていない。これ以上戦えそうになかった。


「下がって、柚子」

「……まだ、大丈夫……」

「でも」

「支部長命令だよ。大丈夫、まだ死なないよ~」


 朱音を守り切るまで、例え這いつくばろうと生き延びてやる。柚子は不敵に笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る