同日、演説開始

 首都に着くまで、魔法狩りに10回以上は遭遇した。秋人は魔力をかなり消費し、疲れ始めている。それに対し、清水夫妻は平然と飛び続けている。


「お前は魔力温存しとけよ。あたしらじゃ魔法考古学省との連絡はとれないんだから」

「……わかってる。ただ、想像以上に魔法狩りが多くてな……」

「やっぱそうか」

「都会は怖いですね」


 1ミリも恐怖を感じていない声で零が言った。口元はいつもと変わらず、穏やかな笑みを浮かべている。


「わかっていたのか?」

「なんとなくな」


 夏希は進むのをやめると、その場にふわふわと浮かんだ。そのまま振り返り、零と秋人に向かって話し始める。


「初めに襲撃されたのは確か南部。その後、北部だったか? んで、どんどん首都に向かってた」

「ああ」

「なるほど、そういうことでしたか」


 それだけで零は理解したようだが、当然秋人はわからない。浮遊したまま、首を傾げている。まったくわからないと顔に書いてあった。夏希は気にせず、そのまま話を続ける。「彼」がその表情を浮かべるのは、今も昔も変わらない。長い付き合いなので、説明するのも慣れていた。


「魔法狩りは、天音のコトをよく知らない地方出身者の噂から始まったんだよ。100年経った今、何か起こるんじゃないかって期待が、どんどんデカくなってきちまったんだ。最終的に、元々第5研究所があった場所と、首都に魔法狩りが集中してきてる……多分、そんなカンジだろ」


 多分だけどな。

 夏希は念を押すように言うと、つまらなそうにその場で1回転した。


「そんな都合よく何かが起きたりしねぇのに……人間ってのは、どうしても何かを期待しちまうんだな。昔から変わらねぇよ、ホント……」

「……そうですね」

「期待は悪いことばかりではないだろう。ただ、そうして人を傷つけることがいけないだけで」


 ふわりと夏希の隣に移動した秋人が、まっすぐ彼女を見つめていた。澄んだ瞳が小さな彼女を映している。


「……ごもっとも。お前らしい考えだ」

「僕も、貴方のそういうところは嫌いではないですよ」

「むっ。ということは、嫌いなところがあるんだな? 直すから教えてくれ」

「そういうところです」

「すまん、わからん」

「茶番はいいから、行くぞー」


 秋人はあまりにもまっすぐだから。そういうところが、零は嫌いというより苦手なのだろう。どう接していいか、わからないから。


(……本当に、昔からまっすぐで……最後の最後までぶれない人だ)


 捻くれた性格の自分とは大違いで、少し扱いに困る。零は小さく笑った。


「それで、このまま首都に向かうのか? それとももう少し魔法狩りを倒しておくか?」

「切り替え速いな、お前」


 再び飛び始めた夏希を追い、秋人は下を見た。こちらを見て、何かをしようとしている人影が見える。十中八九、魔法狩りだ。


「できるだけぶっ倒す。朱音と母さんのためにもな」

「お前、本当に大臣のこと好きだな……」

「父さんのコトも好きだよ」

「そうか。家族の仲がいいのは素敵なことだな」


 「夏希」には、優しい母と父がいる。生まれたときからずっと、両親は娘を愛してくれていた。


「……ホントにな」


 そう小さく呟く。夏希の思いに気づいた零が、心配そうに顔を覗き込んだ。気にするな、と軽く手を振る。


(……昔とは大違いだ)


 夏希は笑みを浮かべると急降下し、魔法狩りが放ってきた炎の魔法を避けている。そのまま、強化された足で相手を蹴り飛ばした。


「ここはあたしらに任せて、お前は母さんのほうに連絡とってくれ! いつ始まるかわからねぇからな!」

「わかった!」

「いくぞ零!」

「女王陛下の仰せのままに!」

「それ聞くのも久しぶりだな」


 炎には炎を。夏希は放たれたものの数倍の火力で魔法を使った。魔法師ならば、ギリギリで防御できるくらいには抑えている。炎はただの目くらましだ。その隙に、零が木の葉を刃に代えて、魔法の風で相手を斬りつける。


「2人とも! そいつらを気絶させるのはやめてくれ!」

「元々全員すぐ起きるようにはしてる! でなきゃ朱音の話が聞けねぇからな!」

「いや、すぐにでもやめてくれ! もう始まる!」

「へぇ、随分頑張ったな、魔法考古学省」


 夏希はニヤリと笑うと、相手を揶揄うようにひらひらと攻撃を躱していく。朱音のスピーチが始まるまで、魔法狩りをこの場に留めておかなければならない。


「なんだ!?」

「スクリーン……?」


 突如として現れたスクリーン。魔法考古学省と、各地の魔法保護課の支部が協力し、朱音を映し出すために魔法で作られたものだ。


 数秒ののち、画面には1人の少女が映し出される。


「い、伊藤天音……?」


 誰かが、画面を指して言った。

 そこには、天音とまったく同じ魔法衣を纏った朱音が、緊張した様子で魔法のカメラを見つめていた。


「……突然のことで驚かれたと思います。申し訳ありません。ですが、一刻も早くこのことをお伝えしなくてはならないと思い、このような手段を取らせていただきました」


 まるで、その場に朱音がいると錯覚するほどクリアな音声。魔法技術の発展に、夏希は驚きながらも心の中で拍手をした。


「私は伊藤朱音。魔法復活の祖、伊藤天音の子孫です」


 朱音は凛とした表情で、そう口にした。

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