新人魔法師の覚悟

同日、戦闘開始

 朱音は魔法考古学省からの連絡を待ちながら、何度も繰り返し原稿の内容を呟いていた。その姿を見て、柚子が昔を思い出している。


(……夏希ちゃん。私、もう少し頑張ってみるからね)


 彼女の記憶の中の夏希は、いつものように悪役じみた笑みを浮かべていた。










「さーて、そろそろこっちも動き出すか」


 所変わって清水家。夏希は昔のように、高いヒールの靴を履いていた。彼女をエスコートするように、1人の青年が立っている。


「こうして大暴れするのも久しぶりですね」

「ま、この間の魔法狩りは大したコトなかったしな」

「襲われたと聞いて驚きましたよ。買い物は僕に任せてくれればよかったのに……」

「零、お前は心配しすぎなんだよ。あたしがそんな簡単にやられると思うか?」

「思っていませんよ。ただ、魔法狩りを哀れに思っただけです」


 ――清水零。夏希の夫であり、そして、100年前に反魔導主義団体「白の十一天」のリーダーを倒したとされる、歴史上の人物。彼もまた、記憶を持ったまま今世を生きていた。


 彼は手袋をしていない素手で、そっと夏希に触れた。そのまま、妻の長い髪を撫でている。


「いちゃつくのはいいが、そろそろ行くんじゃないのか」


 玄関の扉を開けて待っていた男性が、呆れたように言った。清水夫妻とは異なり、魔法考古学省の魔法衣を着ている。


「零がいけないんだろ」

「失礼いたしました」


 反省する気のない零の声に、男は溜息を吐いた。だが、慣れているのか、それ以上は何も言わない。


「秋人は母さんといなくていいのか?」

「俺は連絡係だ。魔法考古学省と魔法警備課に現状を報告する。いくら強いとは言え、民間人のお前たちだけに頼るわけにはいかないからな」

「そりゃどうも」

「ぶっちゃけ、作戦が難しくてよくわからなかった」

「ぶっちゃけてくれなくてよかったぜ、そのほうがカッコよかった」


 魔法考古学省、大臣補佐官。かつて天音の夫、恭平やリスティが務めた役職に、この榊原秋人という男はついていた。夏希の親友であり、若槻家と家族ぐるみで付き合いのあった彼がその役職についた際には、コネだと陰口を言われたこともあったが、真面目に仕事に取り組む様子が評価され、今では魔法考古学省に必要不可欠な人材となっている。


「……昔からお前は変わらないな」

「そうか?」

「……あぁ。ずっと、昔から」


 そう言うと、夏希は勢いよく外に飛び出した。零もその後に続く。しっかり鍵がかかったことを確認して、秋人も走り出した。


「まずはこの近辺! そのまま首都に進んでひたすら魔法狩りをぶっ倒す!」

「シンプルでいいな!」

「そうでないと貴方が理解できないでしょうが」

「それもそうだ!」


 飛行魔法を使おうとした夏希が、ピタリと動きを止めた。2人も気づいたようで、それぞれ構えている。


「こんな田舎までようこそ。ヒマなのか?」

「こら、いくら本当のことでも言ってはいけないことがありますよ」

「お前が1番煽ってるぞ、零」


 魔法狩りが、3人の前に現れた。その数は10人程度。数の差で勝利を確信しているのか、ニヤニヤと笑っている。


「お前たち、あの魔法を知ってるか?」

「どれだよ、代名詞だけじゃわかんねぇよ。察してちゃんか?」

「伊藤天音が復活させなかった魔法だ! 知らねえとは言わせねえぞ」

「あーはいはい。お前らも噂に踊らされたアホってコトか」

「ああ!?」

「このガキ、ぶっ飛ばされてえのか!?」


 あ、マズい。

 零と秋人は互いに目を合わせ、頷きあった。そのまま、気づかれないように距離をとる。


(……生まれ変わっても背が伸びなかったこと、気にしてますもんね……)


 さりげなく防御魔法を使いながら、零は哀れな魔法狩りに手を合わせた。その後ろで、秋人が思考を放棄するように空を見上げていた。


「……ケンカ売る相手は選べよ、クソガキが」

「ガキはテメーだろうが!」


 品のない笑い声が響く。魔法狩りは、どうやら夏希をただの子どもだと思っているようだ。夏希が魔法を使おうとしていることにも気づいていない。


「……とりあえず、吹っ飛べ」


 瞬間、真っ白な魔力が辺りを包んだ。強力な風の魔法が、周囲の人間を吹き飛ばす。木々に叩きつけられた魔法狩りは、そのまま意識を失った。


「あー……なんというか……お疲れさまだな!」

「変に気ぃ遣うなよ。泣きたくなる」

「お前泣くのか? その前に相手を蹴り飛ばしてそうだが」

「よくわかってんじゃねぇか」


 夏希は足元に倒れている魔法狩り(1番最初にガキと言った相手)を蹴り飛ばした。さらにはヒールで踏みつけているので、相当苛立っていたのだろう。


「なんも書かなくていいってのは楽だよな、ホント」

「……うん? なんの話だ?」

「いや、魔法は毎日進歩してるなって話だ」


 100年前、いちいち魔導文字を書かなくてはいけなかった時代とは大違いだ。そう考えている夏希に、零は頷いた。


「このまま飛行魔法で首都まで向かいましょう。相手が魔法を使えるとわかれば、魔法狩りのほうからやってきてくれます」

「だな。秋人、今の魔法考古学省の状況は?」

「……まだ混乱中だな。大臣からも、もう少し待って欲しいとしか返ってこない」

「仕方ねぇよ。ま、ならやるべきコトは1つだ」

「朱音さんのスピーチまでに、少しでも多くの魔法狩りを片付けましょう」


 そうして、3人は空高く飛び立ち、首都へと向かった。

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