12月15日、よく似た姿
「……できましたよ!」
息を荒くした薫が食堂に飛び込んできた。魔法衣の依頼をしてからまだ半日も経っていない。朱音は立ち上がると、そのままの勢いで薫に抱き着いた。
「ありがとうございます!」
「えっ、あ、はい」
そこまでされると思っていなかった薫は、魔法衣を持ったまま固まった。そんな彼女に気づかず、朱音は魔法衣を受け取って着替え始めた。
「いやここでですか!? 確かにボク以外誰もいませんけど!」
「できるだけ急ぎたいので!」
「魔法使い」のようなローブと三角の帽子。写真で見る高祖母がいつも着ていた魔法衣だ。教科書から取ったのかと思ってしまうほどに、まったく同じものだった。
「……作ったボクが言うのも変かもしれませんが。本当に、やるんですか?」
「はい」
「危険ですよ」
「そのために、ただ似た洋服じゃなくて魔法衣を頼んだんです。そうすれば大抵のものからは守ってもらえますから」
薫の言うとおり、危険ではある。信じてもらえなければ、逆上した魔法狩りに襲われる可能性だってあるのだから。
「別に、こも……伊藤さんでなくても、いいのでは? 大臣でも構わないですし、ボクだって、他の旧第5研究所の人の子孫だっていいはずです。あとは、幻像魔法で映して隠れておくとか……」
「……誰しも納得するような力を持っているのは、高祖母だけですよ。魔法復活の祖、初代魔法考古学省大臣。完璧じゃないですか」
「だとしても、その子孫だからやらなくてはいけないって考え方は間違ってるんじゃ……」
「それは違いますよ、増田さん」
ローブを羽織る。こうして自分を見ると、本当に天音によく似ていた。以前なら嫌で堪らなかった容姿が、今は少し誇らしい。高祖母に似ていることが役に立つ日が来たのだ。
「私は、私の意志で決めたんです」
「でも……」
「……なんだか、不思議な感覚でした。多分、あれは高祖母なんだと思います。頑張れって。きっとできるって、背中を押してくれました」
「どういうことですか?」
「私にもよくわかりません。でも、そうだったんです」
教科書に載っている高祖母の姿と同じく、髪を1つに結う。少し長さが足りないが、そこは仕方がない。それが終わると、三角の帽子を被った。軽く動いてみるが、落ちてくることはない。流石薫だ。
「私は、高祖母が作った平和な時代を守りたいんです」
「先祖が頑張ったからって、自分まで頑張る必要はないんですよ!?」
「そうですね」
「だったら……」
「増田さん。確かに私は『伊藤天音の子孫』として全国に向けて話します。でも、やると決めたのは魔法保護課第5支部の『朱音』です」
今までだったら、無意識のうちに自分を「伊藤天音の子孫」として捉えてしまっていた。けれど、今はもう違う。
「先祖と比べて、落ち込むのはやめたんです。高祖母の苦労も努力も知らずに生きていた今までとは、もう違うんです。私は、高祖母の遺志を継ぎたい。そのためには、私がやるべきだと、そう思ったんです」
地位も名誉もいらない。欲しかったのは、自由と平和。皆が自由に生きていけるように、天音は1人表舞台に立ち続けた。ならば、朱音もそうしよう。子孫だからではなく、天音の決意を無駄にしないために。
「ねえ、増田さん。私は弱いですし、凄い固有魔法も持ってません。というか、固有魔法すら発現してません。戦闘訓練ではいつもボロボロですし、油断して大怪我しますし、書類仕事もミスします。こんな頼りない私ですけど、1つだけ、絶対に誰にも負けないって思ってる部分があるんです」
「……なんですか?」
「逃げ足の速さです! 危なくなったら防御魔法使いまくって逃げますよ」
「に、逃げ足って……」
ようやく、薫が笑った。あまりにも大きな声で笑うので、あちこちから人が集まって来てしまった。
「ちょっと、朱音ちゃん。何言ったの?」
「私の長所について、少し」
「それで笑ったの? 薫ちゃん、それはあんまりなんじゃ……」
「いいえ、副支部長。笑わせようと思って言ったので」
「どんな長所よ」
直が不思議そうに首を傾げている。その後ろにいた璃香も、きょとんとした顔でこちらを見つめていた。
「準備はできました。後は魔法考古学省のほうの準備ができるのを待ちます」
服装に乱れがないことを確認すると、朱音は用意していたスピーチ用の原稿を手に取る。あまり長くはないが、それでも全国民に見られるのだからしっかりと準備しておかなければ。何度も目を通す朱音の姿を見て、璃香がそっと朱音の耳元で囁いた。
「……よく、似てる」
「でしょう?」
前は気になった発言も、今はなんとも思わない。むしろ、そっくりだろうと返せるくらいだ。
「柚子とね、話したの」
「なつ……あの人のことですね」
「うん」
作戦内容を話したときに、2人にだけ渡したメモ。そこには、夏希からの伝言も記されていた。
〈全部終わったら、会いに行く〉
この騒動がおさまったときに会おう。夏希は、そう話していた。
「……本当に、そうなんだね」
璃香がメモを撫でる。会いに行く、その文だけは夏希自身が書いたものだ。やや癖のある、右上がりの文字。
「はい」
「そっか……」
「私、頑張りますから。きっとすぐに会えますよ」
「ん……わたしも、頑張る」
メモをお守りのように持ち、璃香はうっすらと浮かんでいた涙を拭った。
作戦開始まで、あと少し。
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