12月13日、暗転
いくら他の支部も協力してくれたからと言って、丸1日休めるわけではない。朱音は荒い息を吐きながら走っていた。
魔法狩りの数がとにかく多い。こちらは他の支部の応援も含めて10名程度しかいないというのに、相手は50人以上。動き方でバレたのか、戦闘慣れしていない朱音をしきりに狙ってくる。
「……とっても、寒くなる」
相手の動きを鈍らせるためか、璃香は冷気が漂う魔法を使った。12月の寒さに加え、恐らく彼女の故郷と同じレベルまで下げられた気温に、魔法狩りたちは震えている。
「温めてやろうか?」
逃げ出そうとした魔法狩りの進行方向に、雷斗が炎を吹く。周囲の植物には燃え移らないように加減しているのは流石だが、あと少しで朱音の前髪も焦げそうだったのは納得がいかない。
「速水さんの馬鹿ー!」
「オレのどこがバカだよ!」
「遊んでる暇あるなら手動かせ!」
短剣を手に走り回る光が叫んだ。彼と璃香のおかげで、魔法狩りの半数は倒されている。
「アタシも頑張らないとね」
まだ回復していない千波の代わりに現場に出た直は、長い足で相手を蹴り飛ばして言った。事前に血を飲んでいたからか、一撃一撃が非常に強力だ。
「うわっ!?」
味方の半数を失っているのに、魔法狩りはしつこく攻撃を仕掛けてくる。度重なる訓練で防御魔法だけは異常に上達していたので、朱音は大怪我はせずに済んだ。
「あの女を狙え!」
「1番弱いぞ!」
「……事実ですけど! 事実ですけども! ムカつく!」
弱いと思われたままではいられない。朱音は自身が使える中で最も強力な魔法を使うことにした。璃香直伝、氷の矢を放つ魔法だ。弓を射るように手を動かす。
「やっぱり弱いな!」
「いけるぞ!」
「……嘘でしょ」
朱音の渾身の魔法は、相手の炎の魔法で溶かされてしまった。璃香が放つ氷の矢が溶けたところを見たことがないので、完全に経験と魔力量の違いだろう。
「朱音ちゃん!」
魔法狩りに囲まれた朱音を、直が助けに来てくれた。瞬く間に2、3人が吹き飛んでいく。守られてばかりではいけないと、朱音は懸命にクナイを投げた。
それから数分。璃香の魔法が、最後の魔法狩りを凍り付かせた。
「……傷つく……」
魔法狩りを魔法警備課に引き渡す。その間の僅かな休憩時間、朱音は手のひらを見つめながら呟いた。
新人だから、と言われてしまえばそれまでだ。だが、弱いと思われるのは、想像以上に辛かった。
「何言ってるの、朱音ちゃんは頑張ってるわよ。アタシなんか、朱音ちゃんと同じころ、部屋にある本を呼び寄せようとしたのに失敗して上から棚ごと降って来たんだから」
「よく無事でしたね……」
「まあ、吸血鬼はヒトより力が強いもの。なんとかなったわ」
慰めようと、直は昔の失敗談を話してくれた。こういうとき、指導役の2人はどうしたらよいかわからない顔をしていることが多いので、彼がいてくれてよかった。
「……柚子ちゃんから連絡だわ。今度は南よ」
「はい……」
本日5件目の通報に、その場にいた全員が溜息を吐いた。魔法衣がボロボロになっている雷斗は、開発班に連絡をしている。支部に戻るころには、薫が新しいものと取り替えてくれるはずだ。連日の戦いで、皆魔法衣や武器の損傷が激しく、開発班は支部に籠って事前に替えを用意してくれていた。
「雷斗ちゃん、まだいけるかしら?」
「おう」
雷斗はドラゴンの姿に戻ると、全員を背中に乗せた。大きな羽で力強く飛び立つ。この間、璃香と光は武器の手入れをしていた。朱音はクナイの数を数え、全て回収したことを確認する。
「下りるぞ!」
「ん」
返事と同時に、璃香は雷斗の背から飛行魔法で下りていった。支部内で最も戦闘に長けている彼女は、こうして真っ先に戦場に飛び込んでいく。他の面子は雷斗が着地すると同時に、背後から璃香をサポートすることがほとんどだ。
「……よいしょ」
璃香得意の氷の魔法が次々に魔法狩りを凍らせていく。足元を凍らせ、その隙に大鎌や体術で攻撃するのが彼女の戦闘スタイルだ。
「おらあ!」
「ふっ!」
光の短剣と直の拳が魔法狩りに命中する。雷斗は人間の姿になると、大剣を振るった。朱音も負けじとクナイで攻撃する。
(……さっきの魔法狩りよりは弱い! これならいける!)
そう思い、1歩踏み出した朱音の背後で、直が叫んだ。
「駄目!」
油断し、隙だらけになった朱音の左方。物陰に隠れていた魔法狩りが、強力な風の魔法を使った。防御魔法が間に合わず、朱音は後方に吹き飛ぶ。
「……っ!?」
頭を強く打った。上手く立ち上がれない。あちこちに切り傷ができたようで、血が流れていた。世界がひどく遠く感じる。直が何かを言っているはずなのに聞こえなかった。
「……ははっ」
朱音を吹き飛ばした魔法狩りが笑い、さらに何かの魔法を使う。それを防ごうと、直が拳を振るうが、間に合わなかった。
(あの魔法……)
まだ瞬間移動の魔法が開発されていなかったころの魔法。有害な獣を追い払うために使われていた、対象のものや人を遠くに吹き飛ばす魔法だ。自身に向けられた魔法だというのに、どこか他人事のように思った。
(欠点は、そうだ……)
かけた本人も、かけられた側も、どこに行くのかわからないから使われなくなったんだ。養成学校で習った知識を思い出した。
(……走馬灯ってやつかな……)
体が浮く感覚がした。
朱音は目を閉じ、それを受け入れる。
(……せめて、もう少し役に立ちたかったなあ)
結局、高祖母を超えることはできなかった。
そう思ったところで、朱音は暗闇に落ちていくように意識を失った。
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