12月12日、忙しい日々の始まり

 とうとう12月12日が来てしまった。日付が変わった瞬間から、魔法狩りの被害は爆発的に増えた。魔法考古学省は、地域や課を問わず、その対応に追われていた。


「朱音、足元!」

「うわあああああ!」


 襲い掛かって来た攻撃魔法をどうにか避ける。敵側にひたすらクナイを投げて、せめて足止めくらいはできるようにと戦う。


「千波が歌うぞ!」

「うわあああああ!」


 耳を塞いだうえに防音の魔法をかける。雷斗は半泣きだった。ドラゴンが泣くとああなるのか、と朱音はどこか遠くで思った。


 千波が息を吸い、鎮静の魔力が込められた歌声を響かせる。防音の魔法のおかげで、こちら側に影響も被害もなかった。


「……これで何件目ですか?」

「もう数えてねえよ……」


 ぐったりとした光が短剣を仕舞った。やや離れたところで、璃香が大きく鎌を振り回して最後の一撃を決めている。


「怪我人は?」

「大丈夫」

「これで帰れる!」


 歌いすぎて疲れた、と千波が掠れた声で言った。かれこれ数時間、広範囲攻撃ができる千波は歌いっぱなしだった。その度に雷斗が涙目になって逃げている。


「……やっと人型に戻れた」

「飛行魔法より速いからつい……すみません」


 現場に移動する際、魔力の消費を抑えるために全員を乗せて飛んでいた雷斗は、人間の姿に戻って肩を回していた。羽のあたりが疲れているのだろう。


「直と柚子は?」

「支部でひたすら書類仕事」


 報告書の山だ、と光が言うと、


「あと通報窓口だろ」


 と雷斗が付け足す。魔法狩りの通報を受け、何度も直から伝言の魔法を使って指令が飛んできていた。


「支部長起きれたんですかね……」

「さすがに起きてたぞ」

「直、頑張った」

「なんだ、起こされてたのか」


 もうあまり魔力が残っていない一同は、歩きながら支部を目指していた。千波は光特製ののど飴を舐めている。効果は覿面だがあまり美味しくはないので、終止無言でひたすら飴を溶かすことに集中していた。


「……おい、悲報」

「うう、副支部長からですか……?」

「西と東で暴動。2手に別れんぞ。東は俺と璃香と朱音、千波と雷斗は西な」

「またか……」

「先にのど飴もらっといていい? 多分足りない」


 一瞬でドラゴンの姿になった雷斗の背に、のど飴を大量に抱えた千波が飛び乗った。そのまま西の方角に飛び立つ。


「こんなに騒動ばっかり起きてたら国内の魔法師が減りそうですね……」

「檻の中に大量にぶち込まれてるからな」

「牢屋、足りない」


 璃香が深い溜息を吐いた。


「ほら、行くぞ」

「……ん」


 この調子だと、今日は1日中支部に戻れないかもしれない。本格的に魔力切れを起こしそうだ。朱音はふらつく足でついていった。











「お疲れ様! 皆怪我はないかしら?」


 支部に戻ることができたのは、日付が変わるころだった。残っていた面子が食事を用意してくれている。


「千波の声が枯れちまった」


 雷斗は千波を背負っていた。魔力を使い果たし、そのまま眠ってしまったのだ。人魚にとって、声は魔法を使うのに必要不可欠なもの。しばらくは休まないと、魔法は使えない。現に、彼女の足はゆっくりと魚の尾に戻り始めている。


「医務室……っていうかプールね」


 人魚の彼女のために、この支部にはプールが用意されていた。プールとは言っても、浴場を改造して広めの水風呂を作っただけだが。


「奏介ちゃん、千波ちゃんをお願い」

「……今行くよ……げほっ」

「やだこっちもこっちで大変」


 今日も今日とて具合の悪い奏介が、顔を青くしながらふらふらと歩いている。雷斗は彼の後について、千波をプールに移動させた。


「今日は……っていうかもう昨日になっちゃったのね。アタシたちが頑張ったから、明日以降は他の支部ができるだけ担当してくれるらしいの。だから、今のうちに体を休めててちょうだい。アタシもできるだけ現場に出るわ」

「でも、明るいうちに襲撃があったら……」

「どうにかするわ」


 さ、ほら、早く食べて寝ちゃいなさい。

 直はそう言うと、自身は仕事をするために執務室に籠った。他の支部との連携や、魔法考古学省との連絡など、支部に残っていても彼には大量の仕事が残されているのだ。


「……これ、いつまで続くと思います?」

「魔法が見つかるまでだな」

「ん」


 半ば眠っている璃香が、スプーンを握りしめながら頷いた。経験の差か、朱音は掠り傷だらけだというのに、彼女は傷一つついていない。


「……体がもつ気がしません」

「鍛え方が足んねえんだよ」

「……体力、大事」

「おい、食いながら寝るな、ガキか」


 普段早寝早起きの璃香に、今日の仕事はかなり辛かったようだ。長い髪が皿に入りそうになっているのを、光が避けてやっている。


「……疲れた」

「そうだな」


 恐らく、今日最も魔力消費量が多かったのは璃香だ。医療魔法などのサポートに回ることも多い光に比べて、戦闘を得意とする彼女は常に強い魔法狩りの相手をしなければならなかった。それでも倒れずにいるのだから、流石は混乱の時代を生き抜いた猛者だ。


「さっさと食って、ゆっくり寝ろ」

「……ん」


 この人、本当に98歳なのだろうか。朱音は世話を焼かれる璃香を見て、子どものようだと密かに思った。

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