12月14日、目覚め
気が付くと、朱音は見知らぬ部屋のベッドに横たわっていた。川も花畑も見えないので、多分死後の世界ではないのだと思う。
「……あ、れ……?」
体中にあったはずの傷が全てなくなっている。ここは病院なのか。起き上がると、朱音は周囲を見渡した。
そこはごく普通の民家だった。窓の外には森が見える。近くに他の家や高い建物が見えないことから、都市部ではないことがわかった。
朱音は魔法衣ではなく、白いワンピースを着せられていた。少しサイズが小さく、丈が短かった。この家の主のものかもしれない。魔法衣は脱がされて、丁寧に畳まれている。
「おや、目が覚めたんだね」
部屋の扉が開いて、1人の女性が顔を出した。その瞬間、朱音は思わず姿勢を正す。
「だ、大臣!?」
なぜならば、入ってきたのは、現魔法考古学省大臣、若槻舞子だったからだ。彼女とは面識はあるが、朱音の今の立場からすると雲の上の存在。緊張はする。
「こら、起き上がっちゃ駄目じゃないか。寝ていないと」
「ですが……」
「いいから」
舞子はそっと朱音を寝かせた。そのまま、近くの椅子を引き寄せて座る。
「色々気になることがあるだろうから話すよ。でも、その間、しっかり横になっていること」
そう前置いて、舞子は穏やかな口調で話し始めた。
「まず、今日は12月14日。君はだいたい1日眠っていたことになるね」
「そんなに……」
「怪我もしていたし、頭を強く打ったみたいだからね。仕方がないことだと思うよ」
「そ、そうです、私、あちこち怪我していたはずなのに、どうして……」
「順を追って話すよ」
美しい声がよく響く。舞子はとうに50を過ぎているはずだというのに、30代にしか見えなかった。
「ここは私の娘の家でね。あの子は魔法医師免許も持っているから君を治してくれたみたいなんだ。そして、魔法考古学省の魔法衣を着た子が家の前で倒れてたって私に連絡したんだよ」
その服は娘のなんだ、と舞子は笑った。小柄らしい彼女の娘が、魔法でどうにかサイズを変えて朱音に着せたらしい。だが、布が足りず、やや小さいままなのだという。
「ここって……」
「そうだね、君の支部から飛行魔法で1時間くらいかな」
「そんなに遠くまで飛ばされたんですね……」
「私も驚いたよ。支部に連絡したとき、柚子や璃香が大慌てだった」
「大臣は上野さんまでご存じなんですか?」
支部長を100年務めている柚子だけでなく、璃香まで知っているとは。朱音がそう言うと、舞子はくすりと笑った。
「もちろん知っているよ。そうでないと、彼女が人間じゃないことを隠せないだろう?」
「あ……」
言われてようやく気付く。璃香が種族を隠すためには、上層部に協力者がいないと不可能だ。何十年も容姿が変わらず、死なない人間などいないのだから。
「……ん? あの、もしかして大臣、私が先祖について調べていたり、上野さんの話を聞いたこともご存じなんですか……?」
「柚子に聞いてね」
「……支部長が」
「何も柚子は君を監視するつもりで見ていたわけじゃないよ。ただ、協力して欲しいと言われたのさ」
ここまで話すと、舞子は魔法で水差しとコップを呼び寄せた。朱音にも飲むように言う。受け取って飲み干したとき、自分が喉が渇いていたということに気づいた。
「けれど、私も何も知らなくてね。あの噂はきっと間違いさ。そう言ってはいるんだが、誰も信じない。知っているかい? 逮捕された魔法師には、役人も多くいたんだ」
溜息を吐く舞子の目元には、化粧で隠されているが隈があった。魔法を司る省の大臣として、魔法狩りが始まってから業務に忙殺されているのだろう。
「さて、話はこれくらいにして、娘を呼んでこよう。君の具合を診てもらわないとね」
「あ……申し訳ありません」
「いいんだよ。あの子も気にしないで欲しいと言っていたしね。気になるなら、謝罪じゃなくて感謝の言葉を言うといい」
舞子はそう言って、部屋を出ていった。階段を下るような音がする。窓の外の景色で何となくわかってはいたが、ここは2階だったのか。朱音はぼんやりと天井を見つめていた。大臣の娘。聞いたこともなかったが、どんな人なのだろう。
ややして、勢いよく階段を上ってくる音がした。コンコンコン、と忙しないノックに、「は、はい!」と裏返った声で返事する。
「目ぇ覚めた!? よかったぁ!」
「……え?」
やって来たのは中学生くらいの容姿の少女だった。その年齢で魔法医師免許を持っていることにも驚いたが、何よりも朱音が驚いたのは、彼女の顔だった。
ぱっちりとした大きな瞳。ふわふわの猫っ毛は淡い茶色で、黒髪の舞子とはまったく異なる色だ。失礼な感想だが、あまり母親とは似ていないと思ってしまった。美しい、というよりは可愛らしい、という表現が合っている。
朱音はその顔を見たことがあった。
正確には、その顔をした、別の人物を知っていた。
「……清水……夏希様……?」
目の前の少女は、教科書で高祖母と共に、魔法復活の祖として載っている「清水夏希」にそっくりだった。
「んー?」
「い、いえ、失礼いたしました。その、そっくりだったもので、つい……」
「よく言われるー」
夏希によく似た少女は、にっこりと笑った。
笑い方は、母である舞子とまったく同じだった。
(……ただ、似てるだけだよね?)
まさか、本に載っていないだけで子孫がいたのではないか。
そう思ってしまうほどに、少女は夏希に似ていた。
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