同日、大量の資料
「わたしは、90年前の生き残り」
日記に書かれていたように、璃香――いや、当時はまだリスティという名だった――は、天音に拾われて育てられた。
故郷を滅ぼした人間を完全に信じたわけではなかった。むしろ、憎んでいた。
「……でも、天音は優しかった」
天音が実子と同じように自身を愛し、育ててくれていると感じて、次第に心を開くようになったのだと、彼女は朱音をまっすぐに見つめ、言う。昔を懐かしむような目だった。その目に朱音は覚えがあった。柚子の目だ。朱音を通して別の誰か――天音を見ている目。それに気づき、思わず眉を顰めたが、朱音は話の続きを促した。
「……天音のために、頑張りたいと思ったの」
そうして、リスティは魔法師の資格を取り、魔法考古学省に入省した。人間だということにして、璃香と改名したり、頻繁に異動を繰り返すことで、周りに不老長寿の種族だとバレないように工夫した。
「俺が璃香に会ったのは、今から、そうだな……57年前だ」
「ちょ、ちょっと待ってください、そのころ山本さんは生まれてもいないですよね!?」
「いいから聞けって」
そのころ首都で働いていた璃香は、養成学校を卒業したばかりの光の先輩だった。
「当時は今ほど平和じゃなくてな。俺は反魔法主義の奴らに刺されて死にかけてた」
その姿を見た璃香はなんの躊躇いもなく自身の腕を斬りつけ、流れる血を光に飲ませた。すると、たちまち傷は塞がり、光は生き延びることができたのだという。
「俺の寿命がいつまでかはわからねえ。けど、その時から見た目が変わってねえから、不老なのは確実だ。これがバレたら、璃香はどうなる? 不老の力が欲しい権力者どもに血を抜かれる生活が待ってるだけだ。俺は璃香と一緒に異動を繰り返すことにした」
「……それが、話すべきこと、ですか? 私が誰かに話すとは思わなかったんですか?」
「お前がそれを話すなら、こっちもお前の本名を公開してやる。嫌だろ?」
「そ、そうですけど……」
せめて、お前を信じてると言って欲しかった。口には出さなかったが、不満そうな顔をしていたのか、光に笑われた。
「こっからが本題だ。璃香は伊藤天音を直接知ってる。俺も比較的昔のことは知ってる」
「けど、知らない」
「だけど、復活させなかった魔法なんてのは聞いたことがねえんだ」
「……じゃあ、噂は間違いだったってことですか?」
非魔法師には被害は出ていないが、全国各地で魔法師や魔法を使える種族が襲われている。彼らは意味もなく傷つけられたのか。朱音は眉を顰めた。
「……知ってる、かもしれない人、知ってる」
「誰ですか!?」
「……夏希」
清水夏希。高祖母と共に、魔法復活の祖として歴史に名を残す偉人。朱音も彼女については調べていた。高祖母が生涯尊敬し、慕っていた人物。
だが。
「……悲劇の子、清水夏希の子孫はいないはずですよね」
かつて、魔法が魔導と呼ばれていたころ。
清水夏希は類稀なる才能のせいで、旧第1研究所に売られ、様々な実験をされた。そのためか、彼女は若くして亡くなっている。その後を追うように、彼女の夫、清水零も亡くなった。
「うん……悲しかった」
当時を思い出したのか、璃香は目を閉じて俯いた。
「……ということは、もうその魔法を知っている人はいないってことですか?」
「人は、いないかもしれない」
「けど、資料は残ってるかもしれないっつってる」
「清水家の資料は、実家にはありませんでした」
「残してない」
「清水夏希も清水零も、何かを書き残したりはしてないんだとよ」
魔法復活後も働いていた天音とは異なり、清水夫妻は郊外の小さな家でひっそりと残された人生を送っていた。たまに天音をサポートするように魔法考古学省にやってきてはいたが、本人たちが表舞台に立つことはなかった。
「けど、誰かしらその2人について書いてるかもしれねえだろ?」
「それはそうですけど……」
「で、だ。ここは魔法保護課第5支部、旧第5研究所の跡地だ。当時の資料も残されてる」
光がニヤリと笑った。心からの笑顔なのだろうが、何かを企んでいるようにしか見えない。子どもなら泣きそうな顔だった。
「当時の資料は、ほとんどが論文だ。けど、その中に、何かヒントがあるかもしれねえ」
「……可能性は、低いけど」
「朱音、天音の血を引くお前ならわかる方法で残してあるかもしれねえってことだ」
「そんなの……あり得ないんじゃ……」
「魔法だって112年以上前にはあり得ねえだのなんだの言われてたんだ。その魔法を使う俺たちがんなこと言うのか?」
「うっ……反論できない……」
先祖のことを探るばかりで、他の資料については手付かずだった。悔しいが、まったく反論できない。
「……天音は、わたしに会う前に、もう……」
璃香が静かに呟いた。言葉は足りていないが、なんとなくわかった。
100年前、天音は既に復活させない魔法を決めていたのではないか。だからこそ、自分は何も知らないのではないか。そう言いたいのだ。
「……わかりました。探してみます」
「安心しろ、実は俺らである程度調べて関係ないモンは避けてある」
ドサ、と呼び寄せられたのは大量の資料だ。これで関係ないものは避けてあるというのだから恐ろしい。
「清水夫妻に少しでも触れてるモンは出した。伝記の類はどうせ何も書いてないから最初から手をつけてねえ」
「わたしたちも、読んだけど……」
「なんもわかんなかった。つーわけで、少しずつでいいから読んでってくれ」
「は、はい……」
朱音は引き攣った笑みを浮かべ、頷くしかなかった。
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