12月6日、不思議な事件

 あの日から、璃香と恵美が気になって仕方がない。朱音は暇さえあれば2人を観察していた。


(もしお2人のどちらかがリスティなら、クーリャ族だから見た目が変わってなくてもおかしくない)


 幸いにして、新人の朱音が2人の仕事について質問したり、作業を見ていても不自然ではなかった。恵美には何度かもっと武器を作らないかと絡まれたが、璃香は普段どおり質問に少ない言葉で返してきた。


 今のところ、どちらがリスティなのかはわからない。


(……12月12日までには見つけたい)


 きっと、その日から、魔法狩りは本格的に全国で行われてしまう。その前に、高祖母から魔法を受け継いだかもしれない人物を探さなくては。


 食堂でノートを広げ、色々と考え込んでいると、ポン、と肩を叩かれた。


「たまには息抜きしたら?」


 千波が温かいカップを差し出してきた。紅茶を淹れてくれたらしい。礼を言って受け取る。朱音の好みに合わせて、わざわざミルクティーにしてくれたようだ。カップが冷えた指先を温めてくれる。


「早かったですね」

「それがさ、変なことあったんだよね。聞いて」


 彼女は15分ほど前に通報を受けて、魔法狩りの犯人確保に向かったはずだった。だというのにもう支部にいるので、朱音は不思議に思って問うた。


 すると、千波は「変なこと」があったという現場について話し始めた。


「現場についたら、もうなんにも起こってなくて。魔法狩りが倒れてるだけ! 誰かを襲おうとして、返り討ちにあったっぽいの」

「魔法考古学省の人とかが襲われたんでしょうか」

「わっかんない。でもそれならそういう話が出てきそうなのに、なーんにも言われてないの」

「魔法狩りが弱かったとか?」

「ううん。免許見たら、適性値70超えてた。魔法狩りなんてしないで普通に働いてればいいのにね。魔法考古学省だって入れるじゃん」


 変なの、とこぼして、千波は少し冷めてきた紅茶を飲んだ。人魚の彼女は、水温が低いところの出身らしく、猫舌だ。


「そんなんじゃ報告書も書けないしさ。直に言って、それで終わり。何のために外出たかわかんなかったよー」

「……もしかして、仲間割れとか?」

「……確かに。あり得なくはないね」


 千波はカップを置いて、真剣な表情になった。


「天音様が復活させなかった魔法を、もう手に入れた魔法狩りがいるのかもしれない」

「それ、報告しましたか?」

「ううん。言われるまで気づかなかった。ちょっと行ってくる!」


 恐らく柚子は寝ているだろうから、直のもとへ。千波は走り出した。途中、魔法を使ったほうが速いと気づいて瞬間移動していた。かなり焦っているのがわかる。


「……私も急がないと!」


 リスティを探さなくては。璃香か恵美のもとに行こうとしたとき、


「……あのね」


 とか細い声が聞こえた。見ると、食堂の扉をほんの少しだけ開けて、璃香がこちらを覗いている。


「どうしましたか? あ、訓練ですか? 今行きます」

「ううん」

「ええと……じゃあ、講義とかですかね?」

「違う」


 ふるふると首を振って、璃香は否定した。長い黒髪が揺れる。


「こっち、来て」

「え? あ、はい」


 言われたとおりに近づくと、そっと手首を握られる。そのまま、璃香は瞬間移動の魔法を使った。一瞬で璃香の自室に辿り着く。そこには、何故か光もいた。


「な、なんで山本さんが!?」


 行き来を禁じているわけではないが、地下4階は女子寮のようになっている。魔法でロックされた部屋は、その部屋の主が許可を出さなければ入れない。すなわち、璃香が許可を出したということだ。


「食堂じゃ言いづらいことなんだよ」


 それぞれの個室は、防音の魔法がかけられている。秘密の話をしたいときにはぴったりだ。


「璃香が話したいことがあるんだと」


 俺はその通訳だ、と光は言った。部屋の主に断りもなく、勝手に椅子に腰かけている。

 璃香は気にせず、魔法で椅子を出して朱音にも座るように勧めた。意図はわからないが、とりあえず座る。


「大事な話」

「は、はい」

「……わたしは、知ってる」

「な、何をでしょう?」

「朱音のこと」


 私の何についてですか。喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。今は璃香の話を聞こう。口下手な彼女が、一生懸命話しているのだから。


「朱音の、家のこと」

「家のことって、もしかして……」

「……伊藤朱音。それが本名ってこと」

「じゃあ、あの日記のリスティは、上野さんだったんですね!?」


 そう考えると、今までの彼女の言動の理由が全てわかる。家族のことに触れられたくないのは、故郷がなくなってしまったから。そして、新たな家族は教科書に載るような偉人だったから、話すことができなかった。


 20年前の仕事について知っていたのも、見た目と年齢が異なるからだ。20代にしか見えない彼女は、日記から計算するに、もう98歳。20年前の魔法考古学省のことを知っていてもおかしくない。


「リスティ・カールソン。わたしの名前。璃香は、名前と名字の最初の字を取った」

「……上野はどこからきたんです?」

「そこは適当。柚子もそう」


 目立たない名字を選び、自分でつけたのだという。実際、この国によく馴染んでいた。


「……わたし『たち』は、朱音にこのことを話すべきだと思った」

「たちって、どういう……?」


 ずっと黙り込んでいた光が、ゆっくりと口を開いた。

 それは、朱音にとって、否、誰にとっても衝撃の事実だった。

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