12月3日、青い目のひと

 トレーニングルームに用意された的には、全てクナイが刺さっていた。動かない的にならば、魔法を使わなくとも確実に真ん中に命中させることができている。


 朱音は息をつくと、クナイを回収すべく、両手を広げた。集めたクナイを構えて、もう一度練習しようとしたとき、ふいに扉が開いた。璃香か光が確認に来たのかと思って振り返ると、そこには柚子が立っていた。彼女は手をひらひらと振って、こちらに近づいてくる。


「お疲れ~」

「支部長! お、お疲れ様です」

「頑張ってるね~、直の言ったとおりだ。頑張りすぎじゃない?」

「いえ、そんな……」

「熱心に調べ物もしてるみたいだしさ~。先祖の日記に手がかりはあった~?」

「なっ!?」


 先祖。その言葉に、朱音は目を見開いた。何故、彼女は知っている? 魔法考古学大臣が話したのか?


「日記読んだならわかるでしょ~。私は天音ちゃんと親しかった。子どもも、孫も、ひ孫も……私は見てきたよ。朱音、君が生まれたときもね」

「ならどうして……」

「何も言わなかったかって? そりゃ、天音ちゃんの子どもたちはひっそり穏やかに暮らしたいからって、目立つのを嫌がってたし。朱音もそうかな~って」


 柚子は適当に床に座り込むと、朱音を見つめた。否、朱音を見ながら、天音の姿をそこに見ていた。


「ずっと考えてたんだ。天音ちゃんが復活させなかった魔法について。それを話そうと思ってさ」

「……やっぱり、支部長がご存じなんですね」

「うん? いや、わからない」

「えっ?」

「わかんないんだよ~。それを教えに来たの」


 そうこぼしながら、柚子は持ってきていた本を広げている。朱音が貸した本だ。それをパラパラと捲りながら、彼女は100年前に思いをはせていた。


「忘れてるのかもって思って色々読んだし探したけど。私はそんな魔法、聞いてないんだ」

「そんな……」


 となると、もう候補は謎の人物、リスティしかいない。

 柚子ならば、その人物について知っているだろうか。朱音は質問した。


「な、なら、リスティって人は知っていますか? 高祖母の日記に出てきたんです!」

「リスティちゃん? ああ……知ってるよ」

「今どこにいるかもわかりますか!?」

「うん。でも、言えない」

「そんな、なんで……」


 唯一の手掛かりなのに。朱音はどうにか聞くことができないかと方法を考えていた。それを見透かしたように、柚子は笑う。


「どんなに頼まれても言えないよ~。約束だから」

「約束……ですか?」

「リスティちゃん本人との約束」

「せめて……せめて、ヒントはいただけませんか!?」


 もし、その人物が高祖母から魔法を授かっていたとしたら。今起こっている魔法狩りを止めることができるかもしれないのだ。


「う~ん……リスティちゃんも多分その魔法は知らないと思うけど……」

「でも、その人以外、もう候補はいないんです!」

「そうかな~。案外他にもいるかもしれないじゃん?」


 のらりくらり躱す柚子は、ヒントすら言う気がないように感じられる。だが、彼女は普段からこういった話し方ではあるので、ただ適当に話しているだけかもしれない。


「お願いします!」

「じゃあ、ちょっとだけ言うよ~」


 これなら言っても問題ないか。

 柚子は頷くと、指を1本立てた。1つだけ話すようだ。


「リスティちゃんは、天音ちゃんの子どもみたいだった」

「……えっと、それだけですか?」

「うん」


 日記でもわかったことだった。高祖母はリスティを拾って育てたのだから。ヒントとも呼べないそれに、朱音は力が抜けてしまった。


「大ヒントだよ~。よく考えて。朱音ならわかるはず」


 それだけ言うと、柚子は本を抱えて出て行ってしまった。残された朱音は、必死に考える。高祖母の子どものよう。曾祖母に似ていた?


「顔が似てる……? いや、それはないか。じゃあ、髪とか目の色……?」


 教科書で見る高祖母の髪と目の色は、黒と青。長い黒髪を1つに結い、海のような青い瞳をしていた。瓜二つな自分が言うのもおかしいが、とにかく真面目そうな雰囲気の女性だった。


 だが、それもあまりヒントとして役立たない。どちらもよくある色だ。この国に昔からよくある黒髪も、様々な種族にいる青い目も、大してヒントにはならなかった。かく言う朱音も、高祖母とまったく同じ髪と目の色をしている。養成学校にも、同じ色をした同期が何人もいた。だからこそ、似てはいるものの、伊藤天音と朱音は他人だと言いきれたのだ。


「でも、ヒントってことは、私の知ってる人かもしれない……」


 支部内で考えていく。リスティは女性なので、女性職員だけピックアップする。

 まず、除外すべきなのは、金髪の千波。同様に、茶髪の薫も違うはずだ。残るは璃香と恵美。だが、問題は、どちらも青い目をしているということだ。璃香の目の方が色は濃く、恵美はやや淡いという違いはあるが、「青」であることは変わらない。


「実は見た目って意味じゃない? 真面目そうな顔? だとしたら支部内にはいないんだけど……」


 トレーニングルームで1人呟く朱音を、扉の隙間から青い瞳が見つめていた。

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