11月19日、配属1ヶ月と2週間、それと4日

 その日はなんだかおかしかった。いつものように仕事に行っただけなのに、目的地に着くまでやたらと人に見られた。魔法師なんて、今の世の中珍しくはないと思うが、何故だろう。朱音は首を傾げながら、璃香と光について仕事をこなした。


「疲れてるだろうにごめんなさいね。ちょっと来てくれるかしら。緊急事態なの」


 支部に戻ると、直が入口までやって来て言った。その表情には焦りが滲んでいる。相当慌てているらしく、いつも綺麗に塗られている口紅が落ちていた。


「柚子ちゃん、皆揃ったわよ」


 食堂には全職員が集まっていた。珍しく、柚子が眠そうな顔をしていない。


「直から聞いたと思うけど、緊急事態なんだ」

「詳しく話してくれ」


 光は眉を顰めていた。はっきりしないのが嫌いなタイプなのだ。同時に、気の長くない雷斗もイライラとした様子を隠せない。奏介は胃が痛くなってきている。


「第97支部が襲われた」


 魔法保護課は、かつての国立研究所とは異なり、各地に存在し、その数は100を超える。番号が若いほど首都に近く、朱音の記憶が正しければ第97支部は南部にあったはずだ。


「それって……まさか、反魔法主義団体が現れたとか?」


 千波は真っ先に発言した。今でも人間不信の者が多くいる種族だからこそ出た意見だ。彼女は人間に好意的なので、これ以上関係が悪化するのを憂いているのだろう。


「ううん。もっと悪いかも……」

「なんだよ、さっさと言ってくれよ!」

「そうだね、雷斗。実は……今、あちこちで同様の事件が起きてる。保護課だけじゃない、それどころかヒトも妖精も吸血鬼も、種族を問わず、魔法を使えるものが襲撃されてるんだ」


 魔法が復活し、身近なものになった今。

 あちこちに魔法師養成学校はあり、しかも入学は自由となった。100年前は強制的だったが、希望制となり、魔法適性があれば誰でも入学し、魔法師資格を得ることができる。そして、何より大きく変わったのが、階級制と魔法師としての勤務の義務廃止だ。資格を取っても、かつての研究員のように強制的に働かなくてもよい。魔法医師免許を取って魔法医師として病院で働くもよし、占い師になるもよし、ただ魔法を学びたいだけでもよし。この制度により、魔法はより身近に、そして進歩を遂げていった。


「魔法が使えるってなると、被害に遭いそうな方のほうが多いですよ。ボクたちだって含まれます」

「そう、多すぎるんだ。加害者もね」

「加害者も魔法師なんですか!?」


 朱音は口元を手で覆った。魔法師同士で争ったとなれば、その被害は想像したくないほど恐ろしいものになる。何せ、腕のいい魔法師ならば、一瞬で人を殺すことすら可能なほどの力を持っているのだから。


「魔法考古学省は、この事件を『魔法狩り』と名付けたらしいよ」


 まるで、魔女狩りのように。

 魔法を狙い、様々な場所で種族問わず襲撃されているこの事件を、魔法考古学省はそう名付けた。


「なんで?」

「犯人の目的が気になるってよ」


 璃香の発言を光が補う。そこだけはいつもと変わらぬ光景だった。


「……魔法復活100年。それに、魔法『発見』から112年。もうすぐで12月12日が来るでしょう」


 世間ではこんな噂が流れているのだと、直は語る。


 100年前、伊藤天音が復活させなかった魔法があるに違いない。そして、復活から100年、「発見」から112年経った12月12日。聖なる数字、12が並ぶ日に、伊藤天音から魔法を授かったものが、その力を使って世界を支配する。


 そんなあり得ないような話が、まことしやかに囁かれているのだという。


(だから、今日あんなに見られてたの……?)


 納得がいった。あれは、伊藤天音から魔法を授かった者ではないかという好奇の視線だったのだ。


「天音ちゃんは、色んな種族と交流があったからね~。狙われるのはヒトだけじゃないよ」

「柚子。アンタ、初代大臣知ってんでしょ。だったらアンタじゃないの?」

「……残念ながら。そんな話、聞いたこともないな」


 恵美の問いに、柚子は俯いた。そんな話はあり得ないと否定したいのか、はたまた話してもらえなかったことを悲しんでいるのか。朱音からはよく表情が見えないためわからなかった。


「とにかく! そういうわけで、しばらく忙しくなるわ。アタシたちは、この地区で魔法狩りがあったって通報されたら、すぐに止めに行くのよ。場合によっては、魔法警備課に連れて行ってちょうだい」


 魔法を取り締まる警察のような役目を担っているのが魔法警備課だ。犯人が魔法を使って相手を傷つけているのならば、法の裁きを受けさせなくてはならない。


「それと。余裕があったらでいいんだけど、過去の資料や本を探して、本当にそんな魔法があるのかどうか探して欲しいの」

「はーい」

「柚子ちゃんは絶対よ! 昔を思い出して!」


 気の抜けた返事をする柚子を、直が叱る。


 そんな中、朱音は1人考え事をしていた。


(ひいひいおばあさまが復活させなかった魔法……? それを、誰かが受け取った……?)


 可能性が高いのは、朱音や母たちだ。次点で清水家。


(実家に帰れば、なにかわかるかも……)


 幸いにして、明日は休日。魔法狩りがあれば呼び出されるだろうが、朱音の家は首都で、ここからそう遠くはない。


 実家にある、高祖母の研究日誌や日記、あちこちから出された伝記を読んでみよう。朱音はそう決めると、会議後、早速外出届を出した。


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