新人魔法師の調べもの
11月20日、高祖母の日記
久しぶりに帰った実家は、静まり返っていた。急に帰ることを決めたため、皆予定があったり仕事があったりと、誰も家にいなかったのだ。
だが、それも好都合。探し物が捗る、と朱音は実家の書斎に向かった。偉大なる「伊藤天音」についての資料は、部屋1つを使っても入りきらないほどあるのだ。家の中に図書館か記念館があるようだ。このせいで、比較的広いはずの家も狭く感じる。
「どこから探そう……」
あまりにも量があるので、気が遠くなりそうだった。ひとまず、置いてあるサメのぬいぐるみを遠くの机の上に移動させた。
棚の中から支部にない本を探して読み返すことにする。研究日誌の原本も棚から出した。保護魔法がかかっているので、100年経った今でも新品のように綺麗なままだ。とは言え、雑に扱うと両親にひどく叱られるのでそっと机に置く。
何冊かはここで読み、読み切れなかったものは支部へ持って行くことにした。そうなると、原本の研究日誌から読むべきだろう。何故原本を持っているのかと聞かれたら厄介だからだ。
「……ちゃんと読むの、初めてかも」
耳に胼胝ができるほど話されてきたが、自分から読むのはこれが初めてだった。読もうと思わなくても、魔法師を目指す者なら必ず聞く話だから。そして、朱音の場合、子どものころ、絵本代わりに読み聞かせられてきた話でもある。大抵嫌になって寝たふりをしていた。
「前半はいいか……必要なのは後半かな」
研究日誌の冒頭は、仕事についての不満がほとんどだった。今の朱音と似たものを感じる。そこは読み飛ばして、後半、魔法を復活させた戦いの部分を読む。ここは、天音が戦いの後に、自身が何をしたのかを纏めた部分だ。本人は後世に出版物として残しておくつもりはなかったため、自身がこの戦いでの犠牲を忘れないように書き記してあるだけだった。箇条書きのようで、詳しいことは書かれていない。
「……夏希様が封印を破壊して、ひいひいおばあさまが復活させた……うーん、原本でも同じことしか書かれてないのか」
ならば、日記はどうだろう。
大臣になってからの日々を綴った日記があるので、それに目を通す。
日記は研究日誌より多く残されていた。これも出版されることを想定したものではなく、自身の仕事を振り返り、反省などをするために書いていたようで、どこでも買えるような大学ノートが使われていた。わざわざ仕事とは別にこうしたものを書いているので、高祖母は非常に真面目な性格だったということがわかる。
「色んな種族との対談のことばっか。これじゃ業務日誌だ」
今日は人魚と、吸血鬼と、海の妖精と――日付ごとにそんなことが書いてある。話した内容や、何回目の交渉かまで、きちんと細かい字で書いてあった。ページを捲っていくと、木の妖精との交流について書かれた箇所があった。そこだけ比較的長く書かれているので、捲る手を止めて読む。
〈柚子の木の妖精と話す。名はないと言うので、ひとまずゆずこ、と呼ぶことにした〉
柚子。支部長の名だった。まさか彼女のことだろうか?
にしても、名前が安直すぎる。高祖母のネーミングセンスを疑った瞬間だった。
〈人間に興味があるらしい。人間の話をする代わりに、妖精について教えてもらう。木の妖精にもいくつか派閥があるようだが、長である彼女が人間に友好的なので、協力してくれそうだ〉
「え……?」
もしこの「ゆずこ」が支部長だった場合。彼女は妖精としてかなり高い地位にいたということになる。柚子は、長として天音と交流があったのか。
〈ゆずこは魔法保護課に興味を持ってくれた。力を貸してくれると言うので、できたばかりの第5支部の支部長をお願いした。長は他の者が引き継ぐそうだ。そこまでしてもらえるとは思わなかった。非常に申し訳ない。彼女の期待に応えられるように努力しなければ〉
この文で、「ゆずこ」が支部長の柚子であることが確定した。彼女は100年前からあの支部を守っていたのだ。
〈100年が限界だ、とゆずこは言う。それまでになんとかなるとよいのだが〉
100年.ちょうど今だ。何が限界だと言うのか。
もしや――
「やっぱり、支部長が例の魔法を……」
恵美が言っていたように、柚子が魔法を授かったのでは?
そして、それを隠しておく魔法の限界が100年だったのでは?
朱音の脳内に、そんな考えが生まれた。
そう考えると、全ての辻褄が合うのだ。100年経った今、世間が騒ぎ出したのは、このことを知っている他の長命の種族がいたからに違いない。そして、柚子はそのことを隠している。きっと、食堂にいたあのときに俯いていたのは、隠しきれなくなってきた魔法を誤魔化すためだったのだ。
柚子の口ぶりやこの日記を見る限り、2人は親しい仲だったようだし、復活させなかった魔法について語っていてもおかしくはない。
だとしたら、どんな魔法を復活させなかったのか。そして、何故復活させずに柚子に託したのか。100年が限界な理由は?
ここまで考えて、朱音は「いやいや」と首を振った。
「1つの資料だけで判断するのは危険だし、他のも読んでみないと」
幸い、時間はまだある。
朱音は次の日記に手を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます