11月17日、配属1ヶ月と2週間、それと2日

 今日の仕事は極端に日光に弱い吸血鬼に、魔力を込めて作った日焼け止めを渡すことだった。通常の日焼け止めよりもずっと効果がある。光がそれの作り方の説明をして終わった。簡単な、いつもどおりの仕事である。


「よし、メシでも行くか」


 昼時だったせいか、光がそう言った。璃香が静かに頷く。顔には出ていないが、空腹だったようだ。


「魔法衣のままでですか? それだとよくないんじゃ……」


 魔法衣を着ている間は、魔法師として正しい振る舞いをしなければならない。職務中に飲食店に寄ることは、朱音にとっては考えられないことだった。


「魔法師御用達の店があんだよ。元魔法師のオッサンがやってるんだ」


 魔法師しか知らない、専用の店。元魔法師という人物も気になる。朱音は仕事や魔法についても聞けるかもしれないと思い、着いていくことに決めた。


 店は今いる場所から歩いてすぐだという。支部からも比較的近い。朱音は基本的に休日でも支部内に籠っているので初めて知った。


「ほら、ここだ」


 光が指し示す先には、ただの家としか思えない建物があった。看板はない。表札には、「松野」と書かれている。


「お客さん?」

「あ、光だ」


 家から出てきたのは、そっくりな顔立ちの少女たちだった。店主の子どもだろうか。エプロン姿の双子は、朱音を見るなり目を丸くした。


「初めて見る人!」

「光の後輩!?」

「ああ」

「指導とかできたの!?」

「いじめられてない!?」

「うっせ」


 双子はどうぞどうぞと3人を中へ案内した。今日香と明日香という双子は、店主の子どもで、高校に通いながら店を手伝っているのだと話してくれた。魔法適性もあるそうで、いずれは魔法考古学省に入省することも考えているのだと、嬉しそうに教えてくれる。


「新人さん、名前は?」

「入省してどのくらい?」

「あ……小森朱音、です。入省してから1ヶ月くらいです……」

「本当に新人さんだ」

「私たちの先輩になるかもね」


 建物の最奥に着くと、恭しく双子が扉を開いた。そこを通ると、広々とした空間がある。テーブルがいくつも並び、カウンター席も用意されていた。


「お父さん、光が来たよ」

「お母さん、璃香と新人さんもいるよ」


 厨房には夫婦が揃っていて、こちらに気づくと一礼した。双子がこっそりと、父は人見知りなのだと朱音の耳元で囁いた。


「あれ……メニューがない……?」

「言ってくれれば用意するよ」

「魔法考古学省の食堂と同じものが食べられるよ」

「だってお父さんは魔法考古学省の食堂で働いてたからね」


 双子が誇らしげに言う。

 魔法考古学省の食堂と言えば、かつての魔導師、山口和馬が働いていた場所だ。魔力回復のための美味しくて栄養のある食事、をモットーに、多くのメニュー開発を行っていた。その味は100年経っても守られており、魔法考古学省の職員を喜ばせている。


 朱音のような支部で働く職員は、支部内で調理当番が決められているか、料理の得意な者が食事を用意しているので、味が気になってしまう。


「光の奢りでしょ?」

「先輩だもんね」

「それなら璃香でもいいだろうが」

「えー、可哀そう」

「酷いね」

「俺は可哀そうじゃないってか!」


 先ほどからのやり取りを見るに、光と璃香は常連で、双子とも仲がよさそうだ。朱音はそれを眺めつつ、食事をどうしようか悩んでいた。


「お、おすすめでお願いします……」

「はーい」

「お任せくださーい」

「私、いつもの」

「俺も」


 両親が調理担当、双子は配膳担当らしい。調理中、双子は他に客がいないこともあって、朱音に話しかけてきた。


「光怖い?」

「璃香は優しい?」

「あ、えっと……」


 本人の前で言えるわけがない。視線を彷徨わせ、朱音は引き攣った声で、


「や、優しいですよ、お2人とも」


 と返した。どちらも悪い人物ではないが、片方はスパルタ、もう片方は口下手で、やや難がある。


「お母さんはちょうど魔法保護課の第5支部にいたんだよ」

「朱音の先輩だね」


 光と璃香の先輩でもあるのではないかと思ったが、特にツッコミはしなかった。


 2人の父は、自身の店を持ちたいという夢があり、開業資金を貯めて退職した。同時に母も退職し、2人で店を切り盛りしていたのだと双子は語る。


「お母さんがいたころは毎日忙しかったって」

「今はどう?」

「ええ……い、忙しいんでしたっけ?」

「20年くらい前、もっと」

「昔の方が忙しかった、つってる」


 あ、やっぱり。朱音は声に出さずに心の中で頷いた。

 今忙しい方、というのは、あくまで今の社会では忙しい方、ということだったのだ。


「あれ? 上野さん、なんで20年前の仕事量を知ってるんですか?」


 家族も魔法師だったとか?

 璃香の家族構成を聞いたことがなかった朱音は、そう質問してみた。


 途端に空気が凍る。

 そうだ、彼女はあまり私生活を知られたくないんだった。何故忘れていたんだ、と自分を責める。


「あ、えっと、その……」


 ちょうどそのとき、タイミングを見計らったように双子が料理を運んできて、空気が変わった。


「お待たせー」

「どうぞー」

「ありがとう」

「あ、ありがとうございます……」


 助かった。朱音はほっとして箸をとった。


 璃香が、何かを言おうとして口を開いては閉じていたのを、光だけが知っていた。

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