11月15日、配属1ヶ月と2週間
その日は月に一度行われる、装備の点検の日だった。朱音は武器を携帯していないので、魔法衣の点検だけしてもらう。
「はい、じゃあここに立ってください」
装備点検を行うのは、開発班と呼ばれる支部内の班に所属している者たちだ。旧研究所では、技術班と呼ばれていた。
開発班は、魔法衣から武器まで作成する。腕がものを言うなんでもありな班であり、拘りが強く変わった人間(そもそもこの支部に普通なんてものはない)が所属していた。
第5支部の人員は10人。内、開発班は2人しかいない。主に魔法衣を担当する増田薫と、武器を担当する朝比奈恵美だ。朱音は若くして班長となった薫に、魔法衣の点検をされていた。
「じゃあ、手を広げてもらえますか」
薫は点検のための魔法をかけながら、目でも確認していく。魔法だけでもいいのではないかと朱音は思うのだが、職人の目というのは侮れないのだと薫は言う。
「うん、問題はなさそうですね。ボクからは以上です。何か気になる点や改良したい箇所はありますか?」
「いえ……」
魔法衣は暑さ寒さに強く、防刃防弾、さらには大抵の魔法は防ぐことができるという優れものだ。だが、今の朱音には寒さを凌げる身分証明書代わりにしかなっていない。着ていることで魔法考古学省所属の魔法師とはわかるが、それ以外の、主に戦闘で役立つような要素は微塵も使われていないのだ。平和な時代だからとも言えるが、同時に、仕事がないからとも言える。
「せっかくならなんか武器でも作ってかない?」
「写真でも撮るみたいなノリで武器を勧めないでくださいよ!」
「だってここ、武器使う子少なくてさ」
「朝比奈さん、新人さんに絡むのやめてください」
「ちぇっ」
この支部内で武器を所持しているのは、璃香と光、あとは雷斗の3名。非戦闘員もいるため、仕方がないことではあるが、恵美からすると張り合いがないようだ。
「でも本当に改良なくていいんですか? こことか、こことかに刺繍増やしてもいいですけど」
「それって改良なんですか!? ただの増田さんの趣味ではなく!?」
「1針1針魔力を込めて縫いますから! 魔法耐久値上げられますよ!」
「ひっ、なんか必死で怖い!」
じりじりと針を持って近づいてくる薫が恐ろしくて仕方がない。そうだった、彼女は魔法衣のこととなると途端におかしくなるんだった。
「こーら、落ち着きなよ」
「あっ……すみません」
「だ、大丈夫です……」
壁際まで追い詰められていた朱音だが、恵美によって助けられた。もっと前に助けてほしかったと思わないでもない。
「魔法衣のこととなると、つい……父にはよく、先祖譲りだと言われます」
「先祖、ですか?」
「旧第5研究所の技術班の2人がボクの先祖なんです。ひいひい……えーと、高祖父母って言えばいいんでしたっけ。北山葵と、増田透って言うんですけど」
「超有名人だよね」
恵美は笑うが、朱音はそれどころではなかった。
(ど、どうしよう、バレるかもしれない!)
増田はよくある名字だから(伊藤もそうだが)あまり気にしていなかった。顔立ちも、朱音と違って薫は先祖に瓜二つというわけでもない。言われてみれば、高祖父母の写真に一緒に写っていた北山葵に似ているかもしれない、と思う程度だ。
けど、もし。彼女の家にも、先祖の研究日誌や写真があったら。朱音の本当の名前に気づいてしまったら。朱音が「伊藤天音の子孫」としてバレる日も近い。
冷や汗を流しながら震えていたが、薫は気づいていないようだった。少し安心する。
「高祖父はとにかく魔導衣作りが好きだったそうで。ボクも同じです」
「……そんな歴史上の偉人の血を引いてるって、プレッシャーとか感じないんですか?」
「え?」
朱音はつい、思ったことを口に出してしまった。自分と同じ、偉人の血を引く子。先祖と自分を比べて落ち込んだり、重圧を感じたりしないのだろうか。
質問の意味を考えるように、薫は腕を組んで宙を見上げた。しばし考え込んだのち、
「ないですね!」
と断言する。あまりにもばっさりと言うので朱音は目を丸くした。同じ偉人の子孫同士、似たような悩みを抱えていると思っていたのに。
「確かにボクは魔法衣作りが好きです。同じ場所で、同じことをしています。周りが比べたりするのも仕方ないでしょう」
「は、はい」
「けど、ボクはボク、先祖は先祖ですから。関係ないなって思います。比べるのは勝手なんで、好きにしろって感じですね」
ここらへんは高祖母似かな。
薫はそう言って笑い飛ばした。
(……私は私、ひいひいおばあさまはひいひいおばあさま、か。私には、到底そんな風に考えられないな)
「伊藤天音」の存在は大きすぎて、無視できない。朱音が生きている限り纏わりつくだろう。それを光栄だと先祖の多くは思っていたらしいが、朱音にとっては重圧でしかなかった。
(……どうして、私はこの家に生まれちゃったんだろう)
ただの魔法師なら、こうやって悩まなくてすんだのに。
朱音は深い溜息をついた。
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