11月9日、配属1ヶ月と1週間、それと1日

 第5支部は、旧国立第5魔導研究所の跡地に作られている。設備は一新されたものの、部屋数や位置は変わっていない。教科書で見た、高祖母の職場とまったく同じ姿を保っている。そして、恐ろしい偶然だが、朱音の部屋は高祖母の部屋と同じ位置にある。それを知ったとき、部屋の変更を頼みたくなったものだ。


 地上2階、地下6階建て。庭には真っ白な薔薇の花が咲いている。魔法考古学省を表す紋章にもなった薔薇の花、その中でも特に白いものは、魔法復活の祖、清水夏希のシンボルとして魔法師たちは大切にしていた。


 地上にある部分は「家」と呼ばれ、食堂や書斎などがある。食堂は食事以外にも、皆が集まる場として使われていた。


 朱音はそこで待つように言われていた。他種族についての勉強をするらしいので、筆記用具は用意している。誰が来るのかは、まだ知らされていない。口数は少ないが優しい璃香か、穏やかな直あたりがいい。そう思っていると、けたたましい音を立てて扉が開いた。


 入って来たのは、朱音よりも30センチは背の高い青年だった。


「オレ様が来てやったぜえ!」

「チェンジで」


 思わず口走ってしまったのも仕方がない。やってきたのは、この支部の中で最も話が通じない男だったのだから。


「あ?」

「いえ、なんでもありません」


 速水雷斗。血の気が多く、大抵のことは力で何とかしようとする悪癖がある。実力は確かだが、荒っぽいので朱音は少し苦手だった。


「今日オレが教えてやるのは……よし、当ててみろ!」


 途中までは言うつもりだったようだが、気が変わったらしい。こちらを指さして、さあ当ててみろと言わんばかりだ。当てられないだろうという気持ちが滲み出ていた。


「ドラゴンでしょ……」

「なっ、なんでわかったんだ!?」

「速水さんドラゴンの血入ってるでしょう。鱗あるし」


 はっきりと聞いたことはないが、朱音は雷斗がドラゴンの血を引いていることに気づいていた。角はないものの、魔法衣の隙間から見える肌に鱗が見えていたからだ。ドラゴンは人型を取るとき、角が生える者、尾が生える者、鱗が残る者など、個性豊かだ。雷斗は鱗が残るタイプなのだろうと思っていた。


「くっ……バレちまったなら仕方ねえ! 教えてやろう、オレ様は半ドラゴン! 人間とのハーフだ!」

「へー」

「へーとはなんだ、へーとは! もっと敬え! 恐れ慄け!」

「いやでもドラゴンも普通にいる社会じゃないですか、今って」


 昨日知ったばかりだが、上司は吸血鬼だし。朱音はもう何を言われても驚かない気がしていた。


「ちっ」


 舌打ちする雷斗が少し悲しそうな顔をしているので、朱音は可哀そうになって、


「わ、わー、カッコイイー」


 と、ひとまず言ってみた。棒読みではあったが、雷斗は満足したようで、うんうんと頷いた。


「よし! 授業をしてやる! 光栄に思え!」

「は、はい……」


 この支部、変人しかいない。性格採用でもしているのか。いやそうだとしたら私も変人だと思われていることになってしまう。いけない、授業が始まるというのに、思考があらぬところに飛んでしまった。朱音は首を振って思考を切り替える。


「ドラゴンにも色々種類がある。詳しい名前はパスだ。いちいち言ってたらキリがねえ。ざっくり言うと、色で判断しろ」

「色ですか?」

「黒っぽけりゃ強え。白っぽけれりゃ温厚。それだけ覚えてろ」


 そう言えば、腰が痛いと言っていたドラゴンの男性は白い角が生えていた。縁側で茶を啜っているような、穏やかな見た目だったと思い出す。


「速水さんは濃い緑色……で合ってます?」

「ああ」


 どおりで荒っぽいわけだ。これは言わずに胸の中に仕舞っておいた。


「ドラゴンの魔法は種によって変わる。オレは炎を吐くくらいしかできねえけど、雷を操ったり、雨を降らせたりできるヤツもいるな」

「へ、へー……」


 雷斗って名前なのに?

 ツッコミかけてしまったが、本人が気にしていたらいけないので言わないことにした。


「オレらは人型も取れる。半ドラゴンのオレも、ドラゴンの姿に戻れる。ただ、純血のドラゴンより弱えけどな」

「純血のドラゴンって、今もう少ないんじゃ……」

「そうだ。100年前の混乱の時代に狙われて、数がぐっと減った。けど、絶滅しなかったのは伊藤天音のおかげだ。だからドラゴンの一族は全員、伊藤天音に感謝してる。他の種族もそうだと思うぜ」


 またしても高祖母の名前が出てきた。仕方ないので、初代大臣、と濁してノートに書く。偉大過ぎる先祖を持つと、辛いことばかりだ。


「オレらは鋭い爪や牙、飛行魔法より高く速く飛べる羽なんかを持ってる。大抵、角がデカいヤツがその種のドラゴンの中で一番偉いヤツだ。ざっくり言うとこんなモンか。書きとれたか?」

「は、はい」


 わざわざ書きとれたかを聞いてくるあたり、意外と面倒見がいいのかもしれない。苦手だと避けていたが、実は優しい人なのかも……


「あ、どうせならドラゴンに戻って火ぃ吹いてやるよ! 何燃やしてえ? 直にバレねえ程度にやってやるぜえ!」


 ……やっぱり、ただの問題児かもしれない。

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