11月8日、配属1ヶ月と1週間
風を切る音と共に目の前に振り下ろされた銀色に、朱音は悲鳴を上げながら防御魔法を使った。ガキン、と鈍い音がする。
「少しはやるようになったじゃねえか」
「駄目」
「あ? 訓練だよ、訓練」
「いじめ」
「違う、訓練だ」
朱音は突然短剣を振るってきた光から逃げるように、璃香の背後に隠れた。
「きゅ、急にそんなことされてもっ、困りますっ!」
「防げてただろ」
「あと1秒遅かったら死んでましたよっ!」
「よくわかってんじゃねえか」
山本光。朱音の指導役にして、医療魔法の使い手。その顔は、人をダース単位で殺してそうなほどの強面で、子どもには必ずと言っていいほど泣かれる。難関資格と言われる魔法医師免許を持っており、朱音に簡単な手当ての方法なども教えてくれるのだが、それよりも戦闘訓練の方が多い。配属初日にいきなり斬りかかられたことは、多分一生忘れられない。
そして、上野璃香。光の相棒として働く魔法師だ。両耳に氷柱のような形のピアスをつけているのが特徴。実践ばかり教える光に代わって、事務仕事などを教えてくれるのだが……とにかく口下手で、言葉数が少ない。整った容姿も相まって、黙っていると西洋人形のようだ。だが、そうして甘く見ていると、彼女の武器である大鎌の餌食になる。
どちらも成績優秀な人材だが、指導役には向いていない気がする、と朱音は思っている。
「報告書」
「えっと……はい?」
「よく書けてたな、つってる」
「ああ、ありがとう、ございます?」
言葉を端折りすぎて何を言っているのかわからない。まだまだ璃香検定(命名は直)合格への道は遠い。
「もう1ヶ月ずっとこんな感じですけど……いつもこうなんですか?」
「いや」
光の言葉に、朱音は目を輝かせた。普段はもっと色々な仕事があるのか!
だが、その期待も一瞬で失われる。
「最近は忙しいほうだな」
「ん」
嘘でしょ。
朱音は心の中で呟いた。自分が配属されてから、仕事というかお悩み相談というか、慈善活動のような「お手伝い」ばかりしてきた。しかも、2日に1件あればいいほうだ。
「同じ」
「どこの支部も同じだぞ」
「え?」
「お前はここだけがこんな仕事してるって思うかもしれねえけどな。どこでも同じなんだよ」
かつて、魔法師が魔導師と呼ばれていたころ。その時代は、魔導師は死と隣り合わせの職業だったという。発掘調査や、反魔導主義団体との戦闘。朱音の高祖母も、そういったものを潜り抜けてきたと聞く。
「もう魔法が復活して発掘調査も終わってるしな。俺たちにできるのは、遺跡の保護と、今みたいな『お手伝い』だ」
「今、保護、できない」
「お前が配属される前に、保護魔法をかける期間は終わっちまってるんだ、つってる」
「そうなんですね……」
高祖母のおかげと言うかせいと言うべきか。今の魔法保護課に仕事はあまりないらしい。
「探す」
「だからできることを探そうって話だ。訓練するか?」
「ひっ、それ以外でお願いします!」
「なら座学か……」
光は考え事をするように視線を彷徨わせる。何故か璃香は朱音の周りをぐるぐると回り始めた。本当に、よくわからない人だ。
「よし、問題な」
「はい!」
「112年前の12月12日、何があった?」
「……魔法の『発見』です」
魔法史の授業は苦手だった。嫌でも高祖母の話が出てくるから。彼女が如何に素晴らしい魔導師であったか、そして、初代魔法考古学省大臣として国のために尽くしたか。そんなことばかりだった。
「なら、『復活』はいつだ?」
「……100年前の、9月17日です」
「どうして復活した?」
「反魔導主義団体、『白の十一天』との戦いの中で、清水夏希様が封印を破壊し……初代魔法考古学省大臣が復活させたからです」
「で、その『白の十一天』のリーダーを倒したのは?」
「夏希様の夫である、清水零様です」
「正解。ま、今じゃ祝日になってるし、知らねえ奴はいねえか」
「大事」
「そうだな、基本は大事だ」
基本。朱音はこの基本の授業が苦痛だった。高祖母は凄まじいスピードで出世して歴史に名を残すほどの存在になっているのだと、嫌でもわかるから。
「ざっくりまとめると、そういうことがあったわけだ。それからしばらくは反魔法主義の連中がいたり、人間以外の魔法を使える種族が登場したりで混乱の時代だったらしい」
「政策」
「それを憂いた初代大臣が、色んな政策やら法律やらで平和な時代を作っていったんだ。直だって、普通に生活できてるだろ?」
「副支部長がですか?」
「なんだ、知らねえのか」
この間、ずっとぐるぐると動き続けていた璃香がピタリと動きを止めた。口元を指さし、何かヒントを出そうとしている。
「ええと?」
「牙のつもりなんだろ。吸血鬼なんだよ、アイツ」
「ええええ!? だって普通にご飯食べてますよね!?」
「お前、好きな食べ物だけ食うか? 違うだろ。そういうこった」
かつての御伽話に出てくるような弱点はほとんどなく、日光が苦手なだけで、人が死ぬほどの血を吸うこともない。それが、本来の吸血鬼のあり方らしい。
「養成学校じゃ習わなかったのか?」
「はい、他種族の魔法は習ったんですけど……」
「なら明日からその勉強だな」
ただの「お手伝い」よりずっといい。朱音は大きく頷いた。
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