いらない僕⑦




「カラオケが満席だってー! 夜まで予約があって今日は無理らしいー」

「マジでー? 超テンション下がるー」


―――カラオケっていう手があったか。

―――だけど満席って・・・?


話していたカラオケは地域最安値を謳うカラオケ店だった。 ドリンクバー付きフリータイムが税込み500円。 まさに要にピッタリの場所だったが残念ながら食事はない。

それに既に埋まってしまっているとなれば、ほとんどがフリータイムの客だろう現状空きを待つのは絶望的だ。


―――カラオケで過ごすのはいいかも。

―――他で空いていないかな?


他の店も探してみるがどこも満席で空いていないらしい。 どうやら似たような服の学生の集団をいくつか見かけたため、その関係で埋まってしまっているのだろう。


―――間が悪い・・・。

―――時間も無駄に使っちゃったよ。


となれば500円玉は夕飯代に使おうと考える。 全額使ってしまうと後々が心配であるため、何とか計画を練りたいところだ。


―――牛丼なら温かいものが食べられてお金が少し余る。


悪いこと続きのため早めに買っておこうと牛丼屋へ向かったその時だった。


「牛丼売り切れだってよー」


―――売り切れ!?


牛丼屋には見たことがない程の行列ができていた。 近くののぼりを見ると『牛丼全て半額!!』と書かれている。 道理で行列ができているわけだ。


―――カラオケ探しなんてしていなければありつけたかもしれないのに・・・!

―――まぁでも、牛丼にこだわることもないか。

―――ワンコインで外食できる場所はたくさんある。

―――例えばファミレスとか。

―――・・・そう言えばファミレスって24時間空いているところあるよね?

―――そこなら時間制限なく一日過ごせるんじゃないか!?


そう思い来た道を引き返そうと後ろへ下がると曲がり角で杖をついているおばあさんとぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさい!!」


慌てて態勢を整えおばあさんを支える。 幸い転ばせてしまうようなことはなかった。


「怪我はありませんか?」

「大丈夫よぉ。 こちらこそぼんやりしていてごめんねぇ」

「いえ、僕が急に方向転換してしまったんで」


おばあさんはゆっくりとこの場を去っていく。


―――支えるのが一秒でも遅かったら一大事だった・・・。

―――今は運気が何となく悪いし大変なことが起きなくてよかったぁ・・・。


安堵したのも束の間、手の平に先程まで納まっていた硬貨がなくなっていることに気付く。


「あ、お金!!」


恐らくはぶつかった衝撃と咄嗟におばあさんを支えるために手を開いてしまったのだ。


「500円はどこ!?」


辺りを探すも見つからない。


「まさか・・・」


傍には重い蓋の付いた側溝がある。 近くにないとすれば運悪くこの中へ落ちてしまったのだ。


「もうあんまりだよ・・・」


そう小さく呟くと自分の心の中から声が聞こえた。


“どちらかを選ばなかったせいで寝床も食糧も失ったんだ。 どちらかを選んでいれば片方でも得ることができたのかもしれないのに”


クロの声が聞こえたことは今までにないため、これはクロの声ではないことは分かっている。 しかしそれが何の意味もなく聞こえてきた空耳だとは思えなかった。


―――・・・何なんだよ。


自分でも失敗したと分かっているのだ。 改めて指摘されると感情が逆撫でされる。


「もういい、なら俺は自分を捨てる!! もうクロが俺として生きろよ! 俺の大切なものを壊して俺の日常も奪っちまってさ! クロなら正しいものを選んで生きられるんだろ!?

 どうせ俺は何も選ぶことができないんだよ!!」


そう言い放つとその場にしゃがみ込み要はふて寝した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る