いらない僕⑧
「・・・さん。 兄さん、起きて」
揺さぶられて目を覚ました。
「・・・あぁ?」
「どうしてこんなところで寝てんの?」
見上げると良が怪訝な顔をして立っていた。
「良か・・・。 寝たくなったからだよ」
「そうじゃなくて、どうして段ボールの上で寝ているのかって」
そう言って良は敷いてある段ボールへ視線を移した。
「今日から俺はホームレスになるらしい」
「・・・は?」
「今の俺にこの状況はピッタリだろ?」
「いや、意味が分からないんだけど」
「家にはもう帰りたくねぇんだって」
路上で寝ようとしていたため入れ替わったクロが安全な公園へと移動したのだ。 ベンチに座ろうとしたが空いておらず丁度発見した段ボールを敷いて座っていた。
「その喋り方、もしかしてもう一人の兄さん?」
「あぁ、そうだよ」
「紛らわしいから名前を教えてよ」
「俺は要だ。 他に名前なんてねぇ」
基本的に二重人格や多重人格には名前があるそうだ。 だがクロにはそれがなかった。 クロは生まれた時から要だったのだから。
「そうかもしれないけど呼び名くらい考えてよ。 俺が呼びにくいから」
「そうだな・・・。 じゃあ、クロで」
「クロ?」
「あぁ、適当に考えた名だ。 というか今日は帰りが早くねぇか?」
「今日からテスト期間だから部活は朝だけなんだ。 これからそこの図書館で勉強しようと思って」
そう言って公園の向かい側にある図書館を見る。 この近くでは一番大きい図書館だ。
「ふぅん、そうか」
図書館へ向かっているところを偶然段ボールの上で寝ている要を発見したらしい。
「要には言ってくれたのか? 過去じゃなくて今を見ろ、って」
「何度も言ったし今朝も言ったよ。 兄さんが過去のしがらみから抜けることはおそらくもう無理だ。 何を言っても聞かない」
「ふぅん。 もう諦めてしまっているのかもな」
―――俺が今日してきたことを要は嬉しく思っていなかった。
―――それはつまり自分が成長したいと思っていねぇということだ。
―――ならもう何をやっても無駄だろうな。
「とにかく今から俺は図書館へ行くから。 兄さんはちゃんと家へ帰るんだよ」
「俺にはもう帰る場所がねぇんだと」
「それはクロじゃなくて兄さんの気持ちでしょ? クロが帰ればいいじゃないか」
「家に俺がいても要じゃあねぇ。 家にいるのは要じゃないと意味がねぇだろ」
「言っていることは何となく分かるけど・・・。 俺が帰る時もここにいたら引きずってでも家へ帰らせるから」
そう言うと良は図書館へと行ってしまった。
「・・・それ、俺に言われてもな」
一人になると周りの視線が痛く感じた。 よく考えてみれば大学生がこんなところで段ボールで寝ていたら警察に補導されてしまう。 そうなれば母親にも迷惑をかけてしまうことは目に見えている。
―――・・・本当の要になる時間はもう来ねぇのかな。
クロからしてみればこんなに長い時間身体を動かしたことはない。 しかも大体現れる時は何か理由があってのこと。 何かするわけでもなく、ただただ時間が無為に過ぎていく今が苦痛で仕方がなかった。
とにかく、こうしているわけにもいかないと移動を始めたが行く当てもない。 どのくらい時間が経ったのだろう。 何やら周囲が慌ただしくなっているのに気付く。
「○○町で火事だってよ!!」
―――・・・○○町で火事?
話を聞いていると要の家の隣で火災が起きたらしい。 流石にそれを聞いては居ても立っても居られなかった。
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