70話 ベッファの場合
ベッファと、その情報屋との出会いは、父親の幼少期からの無茶ぶりだ。
失敗すると、激昂した父親からひどい折檻をされる。
そして、大仰に嘆かれるのだ。
旦那様に顔向けできない、死んでお詫びせねば、と。
当時は本気で死んでしまえ、と思っていた。いや今でも思っている。
この日は特に折檻がひどく、鞭打たれ殴られ蹴られ、役立たずはそのまま死んでしまえ、と放り出されたのだった。
そのままフラフラと歩いていたときに、声をかけられたのがノマーニという男だった。
そのまま放置されていたら、本当に死んでしまっただろう。
傷の手当てと看病をしてくれたので、一命をとりとめた。
助けてくれたノマーニに礼を言い、ベッファは今後を考えた。
いっそ、死んだことにして家を出た方がいい。
助かったと知ったら、次はもっとひどい折檻をされて殺されそうだ。
考え込んでいるベッファに、「事情を話してくれたら知恵が貸せるかもしれない」と、ノマーニが言い出した。
ベッファは洗いざらい話した。
この時はすでに家を捨てようと思っていたため、秘密もへったくれもない、と思っていたのだった。
ノマーニは話し終わったベッファにこう話した。
「出てもいいが、幼い子が一人で生きていくのはそこに留まるよりつらいかもしれない。ならば、その環境をできるだけ快適にするようにしたらどうだ?」
主であるオノフリオ侯爵自体は残虐な性格ではない。むしろ使用人に優しい。だから、自分を虐げる者より上を味方につけるべきだ、と説明した。
ベッファはまず、警備隊に保護された。
そして、自分が父親から暴力をふるわれ、親切な人が手当てしてくれて一命をとりとめた、と、話した。
このままでは殺されてしまう――と大げさに震えると、警備隊は事情を侯爵家の騎士団に話し、そこから家令である父親が飛んできた。
「この――よくも旦那様に恥をかかせおって!」
と殴りかかってきたのに大げさに怯え、
「申し訳ありません。殺さないでください! 殺さないでください!」
と、何度も叫んだ。
周囲が止め、とうとうオノフリオ侯爵当主も出てくる騒ぎになる。
オノフリオ侯爵は事情を聞くと――とはいっても、執事からは「旦那様のお役に立てない穀潰しの躾をした」「これほどまでに迷惑をかけて、ただ殺すだけでは申し訳が立たない」という、弁解にならない弁解を聞いただけだが――深いため息をついた。
「お前はよくやってくれている。だが、その調子で使用人全員を指導していったら、わが侯爵家に仕える使用人がいなくなってしまう」
「そんなことはありません! 旦那様に仕える素晴らしさをわからない者は処罰し追い出した方が――」
「いい加減にしろ!」
とうとう、温厚なオノフリオ侯爵も怒鳴った。
「現時点では、お前が最もわが侯爵家に迷惑をかけているのがまだわからないのか!?」
オノフリオ侯爵の言葉を聞いた執事は、今度は「死んでお詫びをする」と泣き出し、オノフリオ侯爵は辟易した。
ベッファは内心、父親が捕まるかクビになってしまえと考えていたが残念ながらそんなことはなく、だが執事はオノフリオ侯爵から「暴力禁止」「自分以外の使用人も大切にすること」を厳命された。
ベッファは、オノフリオ侯爵に感激し崇拝するフリをした。
父親の命令よりオノフリオ侯爵の命令を至上のものとする。
オノフリオ侯爵も、助けた少年からの崇拝の視線は快いものらしく、ベッファによく声をかけた。
「ありがとう。命拾いしました!」
後日、ノマーニのもとを訪れたベッファが助けてくれた礼を言うと、ノマーニは打算的な笑みで答えた。
「こちらも情報が手に入ったからな。お互いさまだ」
ベッファは硬直したが、すぐに目を細めて笑い返した。
「そうなんですね。よかった、そんなことくらいで支払いが済んで!」
以降、ベッファとノマーニは互いに持ちつ持たれつの関係になったのだ。
ベッファは仕入れた情報を流す。
ノマーニはベッファの知りたい情報を渡す。
ベッファはオノフリオ侯爵に対して何も恩に感じていない。
父親へのけん制のために、崇拝しているように見せかけているだけだ。
実際、ノマーニのアドバイス通り、多くの人を巻き込んだ大問題にしなければオノフリオ侯爵は動かなかっただろう。自分が動かしただけだ。
父親は自分を忌々しいと思っているだろう。あの件以降、オノフリオ侯爵は時々自分に対して直接指示を出すことがある。
それが腹立たしいらしい。
だが、そのことで責めることも失敗して折檻することもできない。
父親にとって、オノフリオ侯爵の言葉は至上のもの。
隠れて行う、などしたらそれはオノフリオ侯爵の命令に逆らうことになるのだ。
そんなことは決してできないだろう。
少しずつベッファはオノフリオ侯爵家での立場を強めていったが、結局は父親も兄も超えられない。
折檻はなくなったが汚れ仕事もやらされるようになり、どのみち命の危険にさらされることになった。
いなくなっては困る、なんて思ってもいないだろう。単なる駒扱いだ。
しかも、それを分かっていない。
いつか無茶ぶりで死ぬだろうな、と、思いながらなんとなく今まできてしまっていた。
――シルヴィアに出逢うまでは。
当時を回想しつつ、ベッファは連絡をとった。
「ノマーニ、忠誠を誓える傭兵集団に心当たりないか?」
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