67話 ジーナがいなくなった後 2 後
親方は気を取り直したように顔を上げ、呆然としていたカティオに言った。
「カティオ。お前、明日から工房に入れ」
カティオは仰天した。
確かに工房の跡取りとしてそこそこ仕込まれている。
だが、ずっとジーナにおんぶに抱っこで、まともに修業していない。
取引先である服飾店とも、顔つなぎ程度しかこなせない。
親方はそもそもが工房を持つレベルの腕前だったし、第一線を退いてから長いが、それでも服飾の知識はある。
だが、怠け癖がありまともに勉強してこなかったカティオには、それすらないのだ。
ジーナに任せて何もしてこなかった親方と同じように、カティオもジーナにすべてを押しつけていた。そして、その自覚すらなかったのだった。
カティオはジーナを捜すことを口実に断ろうとしたら、それを見透かした親方が睨む。
「じゃなけりゃ勘当するぞ。……お前は跡取りだ。どのみち修行は逃れられねぇ。今までジーナがいるんで甘やかしていたが、お前も結婚するんだ、もう逃げられねぇぞ!」
鬼気迫るような顔で睨まれ、カティオは仕方なくうなずく。
「……なぁ、母さんは?」
話を変えるべくカティオが尋ねると、親方は顔をしかめた。
「家事をする気がないってんで、何度か怒鳴ったら実家に帰っちまった。……このまま家事をやらねぇで実家に居続ける気なら、離縁する」
カティオは絶句した。
たかがジーナがいなくなったくらいでどうしてそんなことになったんだ、と、呆然と立ち尽くした。
親方もカティオも本格的にジーナを捜索したかったが、ネックなのがカティオの婚約者であるケイショリーだった。
ジーナを町から追い出したのは、十中八九ケイショリーだ。
下手に捜索願いを警備隊に出してヘソを曲げられたり、挙げ句激昂され婚約を破棄されたらたまらない。
ジーナにいくら払ったのかがわからないが、金がなければ戻ってくるしかないと自らに言い聞かせ、捜索願いを出す代わりに、ケイショリーの家へカティオと赴き、彼女の両親に窮状を訴えた。
ケイショリーは、追い出したのではなく逃亡の手助けをしただけなので悪びれることはなかったが、愛しの婚約者の窮状だ、父に頼んで彼らに金を貸し与えた。
また、優秀な従業員を集める手助けもすることを約束した。
ひとまずの窮状を脱した親方は、嫌がるカティオの首根っこをつかまえ、自分の知りうるだけの知識を教え、針の練習をさせた。
「いいか、どっちみちジーナが戻ってきても、お前は跡取りでこういった勉強からは逃れられねぇ。今まで甘やかし過ぎたのを反省して、徹底的にしごく。――言っておくが、この俺だって修業時代は過酷なモンだった、お前にやらせてる十倍くらいつらかったんだ。根性無しのお前が音を上げない程度にしてやるんだから感謝しろ」
と、無茶を言ってカティオに教え込む。
だが、今の今まで楽な生き方をしてきたカティオにはつらすぎた。
ご機嫌伺いと称して婚約者のところへ向かってばかりいた。
……それも、だんだんと嘘になっていったが。
ケイショリーは気の強いお嬢様だ。
最初の頃こそジーナからカティオを奪い取った形になり喜んでいたが、カティオの無神経な傲慢さが嫌になり、だんだんと口論が増えてきた。
そしてカティオは甘やかされた一人息子で、しかもそばにいたのは従順なジーナだ。
カティオもケイショリーの我が儘お嬢様ぶりにイライラし、最初はケイショリーのキツい言い方にも耐え忍びつつ愛想笑いを浮かべて流していたが、そのうち耐えきれず反論し、口論となっていった。
逃げ出す口実でケイショリーの家に行っていたがだんだんと行くのが嫌になり、行くフリをしてサボるだけだった。
おかみさんは、そろそろジーナが戻った頃かと顔を出したら荒れ果てた家に絶句した。
親方はおかみさんを一瞥し、「家に入るつもりなら、まず掃除洗濯しろ。嫌なら離婚だ。何もしねぇ穀潰しを飼う余裕はねぇ」と言い放つ。
おかみさんはそれに渋々うなずいた。
戻った実家でも嫌な顔をされ、「いつ戻るのか」と何度も聞かれて肩身が狭かったのだ。
客扱いは数日で、それ以上居座っていたらさんざん嫌みを言われながら家事をやる羽目になったので、ならばこちらの方がまだましと考えたのだった。
カティオは、サボっているのが親方にばれた。
ぶらぶら遊んでいるところを見つかり襟足を掴まれ引きずられて、家に連れ戻される。
「次にやったら家には入れねぇ。ケイショリーの実家に住み込んでもらうからな」
と親方に脅され、毎日怒鳴られながら嫌々修業をしていた。
『全部、ジーナが戻れば元通りだ』
全員がそう考えながら、日々の雑事を片した。
……だが、いっこうにジーナは戻らない。
現状は日々悪化していった。
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