49話 ジーナがいなくなった後 前
ジーナが家出をした日――親方夫妻とその息子がいなくなったことに気付いたのは、ジーナが出ていった翌朝だった。
ジーナは、ずいぶん前から夕飯を皆と一緒にとっていなかったからだ。
昔、一緒の食卓についたときに親方が、
「この忙しいときにのんびり食卓につくなんざ、ずいぶん優雅だな。そんなに余裕があるならもっと仕事を請け負えば良かった」
と、嫌みを言ってきたため、それ以降ジーナは仕事の目処がある程度つくまでは食事がとれなくなり、深夜に冷えた食事を一人でとっていたのだった。
さらにジーナは、おかみさんに言われ朝も誰よりも早く起きて掃除洗濯をこなしてから食事をしていたのだが、家出をした翌朝は当然ながら朝食に現れないし洗濯もされていなかったので、そこでようやくジーナがいないことに気付いたのだった。
「ちょっと、ジーナがまだ起きてきてないわ。呼んできてちょうだい」
と、おかみさんに言われ、一人息子であるカティオが反論する。
「なんで俺がジーナを呼びに行かなきゃなんねーんだよ!?」
「なんでもクソもねーだろ。お前しか呼びに行く奴がいねーからだ。とっとと行ってこい!」
親方に言われ、カティオは舌打ちした後重い腰を上げる。
「……手間かけさせやがって!」
怒り心頭でジーナの部屋のドアを乱暴に開け、怒鳴りつけようとした。
「おい! いつまで寝てる――」
途中で言葉はフェードアウトした。
ジーナはベッドにはいなかった。それどころか部屋にいなかった。
カティオは眉をひそめ、部屋を出るとあちこちのぞくが気配がなく、ようやくおかしいと考える。
食卓へ戻り、先に食事を終えてくつろいでいる親方夫妻に向かって、
「ジーナが部屋にいない」
と、カティオは訴えた。
親方夫妻は顔を見合わせた。
だが、
「もう働いているんじゃないか?」
「昨日は夕飯も食べなかったみたいだし、納期が迫って忙しいんでしょ。……それでも洗濯はしてほしかったけど」
あとで叱らなくちゃね、とおかみさんがのんびりと立ち上がった。
カティオは眉根を寄せつつ朝食をとった。
ジーナの不在、そして今までと違う行動を不審に思っている。なぜなら昨日、様子が変だったからだ。
ジーナが生意気な口を叩いてものをほしがるなんて、今まであり得なかった。
食事を終えると再度ジーナの部屋に行き物色したが、特に衣類が減っているということはなかった。
もともと小遣いは与えていないので金は持っていない。与えていたとしたら自分が巻き上げている。
「……でも何かが引っかかるんだよな。なんだっけな……」
そもそもジーナにはほとんど何も与えていない。
あるのは多少の服と仕事用の裁縫道具、帳簿や伝票など。およそ少女の部屋ではない。
それでもカティオは何か引っかかりつつあちこち物色しているうちに気がついた。
「そうだ……」
自分が投げつけたバッグがない。
「……あの女!」
だが、訴えるに訴えられない。
あれはジーナがもらったものだからだ。
親方夫妻がジーナに与えたものなら自分のものだと主張出来るが、あのバッグはジーナの親戚が彼女に与えたもので、だからこそ気に入らなくてジーナから奪ったのだが、下手に『俺のものだ』と訴えると藪蛇になる。
さすがに、ジーナから奪ったものを「自分の物だから取り返したい」と親方夫妻に訴えても聞き入れられないのは理解出来た。金目のものならいざしらず、ボロボロにしたバッグじゃ、「それで気が済むなら与えておけ」と言われるのがオチだ。
「だけど、バッグ一つで何が出来る?」
と思ったが……。
念のためとしつこく物色しているうちに、ようやく気がついた。
「……下着が一枚もない」
衣類を置いていったが、下着は持ち出した。
カティオはようやく思い至り、再度親方夫妻のところに飛び込み、叫んだ。
「ジーナの奴、家出しやがった!」
親方夫妻は啞然とした後、怒り狂った。もちろんカティオもだ。
工房に飛び込み、出勤してきた従業員にジーナを見たかと尋ねたが、全員首を横に振る。
家と工房のあちこちを探したが、やはりジーナの姿はなかった。
だがこのときは、カティオも親方夫妻もまだ深刻に考えてなかった。
家の金には手が付けられていない――というか、親方夫妻が管理しているため手が付けられないようになっているので、ジーナは無一文だ。
その上、ずっと工房で働いていたため友人らしい友人もいない。
下着だけ鞄に詰めて出ていったなんて、せいぜい数日隠れる程度だ。
三人は怒りつつも、昨日の婚約者の件だとわかっていたので少し後ろめたいところはあった。
本気にしていないだろうが、昔軽口で「ジーナをカティオの嫁にすればいい」と言ったことはあるし、昨日の婚約者のジーナへの態度は褒められたものではなかった。
だが。
それでも当てつけのように家出をするなんて生意気だと三人は考えている。
「カティオが婚約してヘソを曲げたんだろう、すぐ戻ってくるさ」
「しっかり叱らないとね!」
「俺ももう一度躾け直すよ」
そんなことを言い合い、終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます