48話 城塞での一日 夜間の部
シルヴィアの食事が終わった後、ジーナはふと気になってカロージェロに尋ねた。
「……そういえば、エドワードがカロージェロさんの名前が偽名だと言っていました。……でも、今でもカロージェロって名乗っていますよね?」
カロージェロは、
「あぁ」
と、気付いたように相づちを打ち、笑顔で答えた。
「そういえば言ってませんでしたか。改名したのです。名付けてくれた両親には申し訳ないと思いましたが、偽名で過ごした年月が長すぎました。事情を話し、教会で正式にカロージェロという名前の神官として登録し直しています。父や隣国の知人は以前の名前で呼びますが、カロージェロが今の名前となります」
ジーナは驚いた。
だけど、ずっとその名前で暮らしていたからしかたがないのだろうとも思った。
最初に偽名を名乗ったのは、追っ手からここの住民を守るためだというのはわかっている。
追っ手はいなくなったのに正式な名前に戻さず偽名に改名したのは、貴族であった過去と決別し、ここに骨を埋め生涯シルヴィアに仕える覚悟をしたのだ、ということもわかった。
「……とてもいい名前だと思いますよ」
「ありがとうございます」
微笑んで言うジーナに、カロージェロは微笑み返した。
シルヴィアがいよいよ就寝になるという時。
「えどわーど!」
と、シルヴィアが甲高い声で叫ぶ。
しばらくしたら、エドワードが慌てたようにやってきた。
「はい! シルヴィア様およびでしょうか!?」
ごまかすかのようにハキハキと答えるエドワードに、シルヴィアが怒鳴った。
「なんでいないですか! あんなのほっておくです! 私のごえいきしです!」
エドワードは頭をかきながら、いかにも詐欺師の笑顔、というようなごまかし笑いで弁解し始めた。
「いやすみません。その護衛騎士の職務を放棄して視察についていかなかったばかりにシルヴィア様を危険な目に遭わせて――」
「あってないです!」
シルヴィアがかぶせて否定し、プリプリと怒りながらエドワードを叱る。
「あんなのよゆーです! 魔物よりよわっちいです! なのになんでずっとかまってるですか!?」
「はい! すみません!」
エドワードは、先ほど捕らえた男を『情報を探る』と称してずっと尋問していたのだ。
それで就寝時になってもシルヴィアの前に現れないため、シルヴィアがご立腹になったのだった。
一時期、エドワードが情緒不安定になったときはシルヴィアの寝室のソファで寝ていたエドワードだったが、今は落ち着いたので再び隣室に控えるようになっている。
……なのに、もう寝るというのにいまだに男に構っていて現れない。
「私のごえいきしです!」
「すみません!」
エドワードは平身低頭していて、ジーナは笑いをこらえるのが大変だった。
「エドワードは、そういうところがありますよねー」
ジーナがシルヴィアの髪を梳かしながらつぶやくと、エドワードが聞きとがめた。
「え? そういうところって?」
「シルヴィア様のため、と言いながら放置するんですよ。確かに深慮遠謀の方ですが、あの暴漢は明らかに小者で、たまたまシルヴィア様が居合わせただけじゃないですか。実際、どれだけ尋問してもそれ以上の成果は出なかったでしょう?」
「…………」
エドワードが黙る。
護衛騎士を名乗りながら同乗せず守れなかった八つ当たりをしていた、という自覚が過分にあるため何も言えない。
「エドワードが忙しいのは誰もがわかっていますし、だから私がシルヴィア様のおそばについているんです。何事もなかったのだから、あの男はさっさと処分してシルヴィア様のおそばについてあげるのが正解ですよ?」
「……はい」
女性二人に責められ、エドワードは身を縮めて謝った。
エドワードは、就寝前に今日あったことを報告する。
うんうんと聞いているうちにシルヴィアの目がトロンとしてきたので、ジーナが寝かしつけた。
「子守唄と間違えてないか?」
「部下の報告が子守唄なんて、英才教育ですよね」
スヤスヤと眠るシルヴィアを見ながら、二人は笑った。
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