47話 城塞での一日 トラブル

 牛たちが「モォオオオ」と鳴きながら、のんびりと車を引く。

 ――と。

「どけどけぇ!」

 人相の悪い男が走ってこちらに向かってきた。

「シルヴィア様!」

 ジーナがシルヴィアをかばおうとしたが、シルヴィアは既にスリングショットを構えていた。

 正確に、相手の膝を撃ち粉砕する。

「ガッ!?」

 男が倒れた。

「よくわかんないので、とりあえず走れないようにしました」

 シルヴィアが平坦な声で言うと、ジーナは短剣を取り出し、男と周囲を注意深く観察する。

「シルヴィア様! ご無事ですか!?」

 警備隊がやってきた。

「ん」

「……いったい何がありました?」

 ジーナが警戒しつつ問うと、警備隊が説明した。

「店で店主を怒鳴りつけた後、商品を強奪して逃走しまして」

 ジーナは呆れた。

「逃走してどうする気だったんでしょう? ここを通り抜けられたとしても、隣国の関所は無理でしょうに」

 最近、往来が活発になったので隣国の関所は警備隊が詰めていた。

 こちらも腕の立つ者にお願いして関所にいてもらっているが、なにぶん人数が少ないのでいない日もあったりする。

「町の警備は懸案事項ですね……。エドワードに話してみますが、たぶんもう知っているけど対策が打てない、とかだと思います……」


 警備隊に引っ立てられ、膝を砕かれた男は痛がりわめきながら去った。

 よりにもよって、城主に危害を加えようとしたのだから極刑だ。

 都市内の住民同士の揉め事ならメイヤーがだいたい片すが、事城主に被害が及んだのならエドワードが直々に手を下し、死体は森の魔物の餌か海の魔物の餌になる。

「エドワードの機嫌が最悪になりそう……」

「しとめたほうがよかったです?」

 シルヴィアがジーナに問い、ジーナが苦笑した。

「そうですね、結果は一緒でしょうけれど……もしかしたらエドワードがあの者から何かしら聞き出すかも知れないので、シルヴィア様の判断で合っています」

「そうですか、よかったです!」

 そう言うと、再び牛車を動かした。


 城塞に帰ったシルヴィアは、湯あみをさせられた。

 バスタブに触れると湯が溜まる。

 シルヴィアの服を脱がせて、ジーナはせっせとシルヴィアを洗った。


 城塞は、シルヴィアの配下だ。ゆえに、非常に快適だった。

 結果を見れば、王宮や侯爵家も快適に住める。

 だがこれは、マンパワーによる努力だ。

 たとえば公爵家。

 当主が「風呂が入りたいから支度しろ」と言えば、水魔術を操る者が水をため、火魔術を操る者が適度に水を温める。あるいは湯をたくさん沸かし、浴槽を満たす。

 当主が屋敷で快適に過ごすために、何人もの使用人が雇われ、陰日なたなく働いている。

 使用人たちの労力と公爵家の財力により成り立っていた。


 だが、城塞においては、城塞がやってくれる。

 水や湯は勝手に出てくるし、一度リノベーションした部屋は綺麗さを保つ。

 シルヴィアの魔力が足りなかった頃は一部のみだったが、今は常に足りている状態らしく、城塞がいろいろと勝手に便宜を図ってくれるので、少ない使用人でも賄えていた。

 ただし、一応体裁はあるので、洗濯や掃除はしてもらっていた。


 綺麗に洗われたら、バスタブから出る。

 幾重にも重ねられたガーゼ生地のバスタオルでくるまれ、水滴を拭われ、服を着替えると夕食だ。

 ダイニングルームに行ったら、予想通りにエドワードはおらず、カロージェロのみだった。

 ジーナがため息をつく。

「その分だと予想通りといったところでしょうか?」

 カロージェロがジーナに苦笑しつつ尋ねると、ジーナがうなずいた。

「……何が起きたわけでもないんですよ? その前にシルヴィア様が即対処されましたから」

「もしもシルヴィア様の身に何か起きたとしたら、どれだけ贖罪しようとも罪が浄化されることはないでしょう。えぇ、神の御許に行けない憐れな亡者に成り果てますね」

 と、カロージェロが怖い笑顔で言う。


 ――カロージェロが密かに剣技や攻撃魔術を習得し始めたことをジーナは知っている。

 なぜなら、教えているのはジーナだから。

 身を守るためではなく、エドワードばかりに処刑させるのが心苦しい……ということでもなく、自分もシルヴィアに仇なす者を成敗したいと考えているのだろうとジーナは予測したし、絶対に外れていない自信がある。

 神官としてそれはどうなんだとジーナはツッコミを入れていいのか迷うが、腕の立つ者が増えるのはいいことだと思い直し、何も言わずに教えていた。


 そんなジーナの呆れた思いを知らず、カロージェロは、貴族から平民の神官になったブランクを感じさせない優美な手捌きで食事をし、シルヴィアもきっちりと真似ていた。

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