46話 城塞での一日 午後の部

 昼食を食べた後、シルヴィアは城内の修繕か町の視察に出かける。

 馬はジーナやエドワードが移動で乗馬してしまうため、牛で出かけている。

 エドワードは後でそのことを知り、「牛車……」と遠い目になってしまったが、シルヴィアとしては、馬さんは人を乗せるのだから荷物は牛さんでいいと思っている。

 何より、牛さんがうれしそうだ。


 ちなみに、御者はいない。

 シルヴィアが御者台に乗り、牛に話しかけて指示通りに進ませているからだ。

 御者台に同乗しているジーナは、

「なんのための馬車なんだろう……」

 と、つぶやいていた。


 牛に客車をつなげ御者台に乗るシルヴィアは、都市の住民に大人気だ。

 きらびやかな馬車の中にいるお高くとまった貴族令嬢よりも、牛の引く車の御者台に座って牛に話しかけている幼女のほうが、微笑ましいしかわいらしい。

 他所から訪れた商人などはギョッとするが、住民としては、まだ幼くかわいらしいのに素晴らしい魔術を駆使して町を復興した城主は自慢の種だ。

 おまけに貴族を知らないため、シルヴィアがスタンダードだと思っているのだった。


 そして、住民の皆が、シルヴィアの幸せを願っている。

 貴族の常識は知らないが、それでも、あれだけ幼いのに親から離されて城主になるのは普通ではないと、わかっているからだ。【支配】の魔術にかかっているからではなく、皆、シルヴィアに同情していた。

 そして、こうも思っていた。

「まぁ、エドワードさんがいるから大丈夫だろ。うちの町からはカロージェロがついたしな。あの二人に任せとけば、だいたいなんとかなる」

 エドワードとカロージェロも、側近としての立場をすでに確立していた。


 今日のシルヴィアは、メイヤーを訪れた。

「シルヴィア様! わざわざお越しくださりありがとうございます!」

「ん」

 メイヤーに挨拶されたシルヴィアは軽くうなずく。これも、エドワードの指導だった。


 どうしてもシルヴィアのサインが必要なもの以外はメイヤーやエドワードが片すが、必要なものはシルヴィアがサインをする。

 メイヤーが一枚一枚渡し、説明し、シルヴィアは「ん」と返事をしてサインをする。

「これは、非常に重要な契約になるので【契約】の魔術をお願いいたします。罰則は、こちらに書いてあるとおりです」

「ん。『三年間、この契約を有効にせよ――【契約コントラクト】』」

「ありがとうございます」

 メイヤーがうやうやしく受け取った。


 実は、【契約】の魔術は他にも存在する。

 だがそれは、聖魔術――しかも、その中の神聖魔術という稀少な属性魔術で、他に【鑑定】や【予知】などがある。

【回復】や【結界】などは使えないが、神から理をさずかる者として将来高い地位を確約される。

 国でも数人確保できればいい方だ。

 ゆえに、魔術で契約をしてもらうとなると、その者(だいたいが都市部の教会にいるか王城で勤めている)のいる場所に行き、高い金を払い、契約書に魔術を施してもらう。

 その、稀少な魔術の遣い手がシルヴィアなのだが……神聖魔術ではないので実は結果が違ったりするのだ。

 だが、どちらにしろ『契約を魔術で縛る』という行為には変わりがない。

 メイヤーも、実際魔術で契約したことが破られるということはあり得ない、という前提で施してもらっているため、どうでもいいと考えていた。


「さすがですなぁ! 聞いた話によれば、契約の魔術は遠い、遠~い王都まで行き、長蛇の列に並んで、混んでいるときは一日以上そのまま並び続け、そして高い金を払って魔術をかけてもらう、という話を聞きました。シルヴィア様がそのような魔術の遣い手であるとは、いやまったく、この都市の住民として鼻が高いですぞ!」

 メイヤーがうれしそうな声でヨイショをすれば、シルヴィアは鼻息荒く腕を組み腹を突き出した。

「私はいだいです」

「まったくです!」

 メイヤーが追従した。


 去り際、メイヤーがジーナにこっそりと話しかける。

「……シルヴィア様の執務室は、まだですかな?」

 ジーナは言いづらそうにメイヤーに返した。

「一応、あることはあるのですが……。お出かけされるのも気分転換になるようですので……」


 書類のサインを書きに城主がメイヤー宅を訪れるなどあり得ない。

 メイヤーは、書類を届けると言っているのだが、シルヴィアは「いきます」と言い張って牛に客車をつなげて出かけてしまう。

 城塞の修繕がまだ追いついていないため執務室がない、という建て前で出かけているのだが、実はとっくに出来上がっているのだ。

 だがこの執務室、シルヴィアはあまり好きではない。

 住民希望の者の面接室も兼ねているので、エドワードの監修が入っているのだ。


「脅しの意味もこめて、ちょっと厳格なイメージの部屋にしてください。シルヴィア様の席は奥の窓に背を向けて、重厚な机を挟み、色も落ち着いた暗めの色でお願いします」

 と、伝え、シルヴィアがウンウン唸りながらリノベーションした部屋だ。


 公爵家の家紋のついた豪奢なタペストリーが壁にかかり、カーテンは臙脂に金の縁取りのビロード素材、ダークブラウンの家財と床材、ところどころに大理石が使われていて怜悧で重厚な雰囲気に仕上がった。

「さすがです、シルヴィア様。……よくこのような部屋を思いつきましたね」

 シルヴィアをふわふわと撫でながらエドワードは言った。

 エドワードは、最悪業者に頼もうと思っていたのだ。

 馬車もそうだが、シルヴィアを侮っていたなと考えていたら、シルヴィアがふんぞりがえった。

「これでも、おうちにいたときのことはちょっとだけ覚えているのです!」

 エドワードはそれで合点がいった。

 実家の馬車や執務室を真似たのか、と。

 聞いた話ではほとんど放置らしかったが、それでも覚えていたのかと、エドワードはちょっと悲しくなりながらシルヴィアをなで続けた。


 ――ということで、執務室はかなり重々しい雰囲気になっている。

 万事気にしないシルヴィアだとしても、ずっといたいと思う部屋ではない。

 メイヤーのいかにも事務室です、のような雑多でシンプルな飾り気のない部屋の方がよほど落ち着くと思うし、ちょっとサインをするだけで褒めてもらえるし、お茶とお菓子もくれるので、イソイソとメイヤー宅に出かけるシルヴィアなのだった。


「今度は書類をお持ち――」「またくるです!」

 皆まで言わせずビシ!とメイヤーに言い切るシルヴィア。

 今日もお仕事をした、とご満悦のシルヴィアが馬車……ではなく牛車に乗り、

「おさんぽ……じゃなかった、しさつしてかえるです」

 と、ジーナと牛たちに伝えた。

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