6章 その後の日々
45話 城塞での一日 午前の部
「シルヴィア様、おはようございます。今日もいい天気ですね!」
ジーナがカーテンを開けながら朗らかに挨拶した。
シルヴィアはムニュムニュ言いながら眠い目をこすりつつむくりと起き上がる。
そして、大あくびをした後、
「おはようございます」
と、ジーナに挨拶を返した。
シルヴィアに顔を洗わせて、髪を結う。ジーナはシルヴィアをいろいろな髪型にしたいのだが、髪質が細くスルスルと滑りやすいため、実は結ぶのもやっとだったりするのだ。髪留めはどうやっても落ちてきてしまうので諦めた。
「もっとかわいく飾りたいんですけどねー……。難しいです」
今日もシルヴィアの髪質と格闘し負けて、いつもの二つ結びとなった。
着替えたシルヴィアはジーナとともに朝食室に向かう。
「おはようございます、シルヴィア様」
先に朝食室に来ていたエドワードが挨拶した。
「おはようございます」
「おはようございます、エドワード」
シルヴィアとジーナがそれぞれ挨拶した。
現在、シルヴィアは最低限の貴族マナーの習得真っ最中である。
シルヴィアの場合、口頭説明ではさっぱり理解してくれないためエドワードが実演してみせて、それを真似させるようにした。
真似は出来るのでそれで上手くいっている。
シルヴィアは理解力というよりも想像力が欠如しているようだな、とエドワードは思った。
口で説明したことが想像できないのだ。
実演してみせれば理解するため、今のところたいしたことではない。
隣国との交流が活発化したので社交の基礎を教えているが、ここに来てからまだ半年だ。これからゆっくり時間をかけて教えていけばいい。
口で説明してもさっぱり理解してくれないのにもかかわらず、言語の習得は誰よりも早い。カロージェロとエドワードが自分の習得している言語を教えたのだが、言葉遣いのおかしさはあるにしろ即話せるようになってしまった。
「……もしかしてアレか? 生活に言葉は必須です、とかいうヤツか?」
「ひっすです」
シルヴィアがきっぱりと言った。
食事が終わり、エドワードがシルヴィアをフワフワと撫でながら言った。
「きちんと出来ていましたよ、シルヴィア様」
すると、シルヴィアは胸を張って鼻を膨らます。
「私にはたやすいことです」
素直に喜ばないところがシルヴィアらしいとエドワードは笑いをこらえ、ジーナはニコニコしながら「さすがシルヴィア様です!」などと褒めちぎった。
食事が終わると、シルヴィアは厩舎に向かった。
家畜たちも食事を終え、のんびりと寝転がったりしていたが、シルヴィアが現れたので皆立ち上がった。
家畜たちの飼料は、シルヴィアの魔術で生やした草の他に、このところは畜産農家が加工したものを提供してもらって出している。
シルヴィアにとって、最初の部下はエドワードではなく、実家で飼われていた家畜たちだ。
だから、今でも毎朝戯れている。
「キャーッ」
シルヴィアは声をあげながら笑顔で家畜たちを追いかけ、家畜たちは追いつかれないペースで逃げ回っている。
それを、飼育員として雇われた老夫婦が温かく見守っていた。
専門で世話をする人間がいたほうがいいだろうと、農場を息子に譲ったという老夫婦を雇い入れたのだ。
老夫婦はシルヴィアを孫のようにかわいがっているので、シルヴィアが家畜たちと遊んでいるとやってきて見守り、時には世話をやく。
何しろシルヴィアは見た目も中身も無垢な幼女だ。
その上、幼少で親元から離れてほとんど孤島のような城塞に赴任するなんて、常識的にあり得ない。公爵家の貴族令嬢というより、不遇な扱いを受けているかわいそうな幼女として見られ、同情を買っていた。
その後、午前中は勉強の時間だ。
エドワードとカロージェロが交代でさまざまなことをシルヴィアに教える。
二人が時間の取れないときはジーナが代わって教える。
まったく教育がされていなかったので基礎の基礎を教えているが、シルヴィアは特に嫌がる素振りもなく聞いている。
ただ、理解しているのかは不安だった。
出来るだけわかりやすく噛み砕いて伝えるようにしているが……。
シルヴィアは言われたことや見せられたものを丸暗記は出来るのだが、それをどう生かすかはわからないことが多い。
ただ、まだ幼いので、実践で徐々に理解してもらおうと考えている。
今日はジーナが算術を教えていた。
縫製の仕事は算術とも密接に関係してくるので、ジーナは算術が得意だ。
何しろ、『前回の1.2倍増やしてほしい』と言われてすぐさま計算し答えられないと仕事に支障をきたしてしまう。
「シルヴィア様は記憶力がいいので、算術が得意ですね。――ではいきます! ご婦人が、『ウエスト周りが三メル(一メルが一センチ)ほど太くなってしまったの。お直しお願いできる?』とご来店されました! 現在のこの服のウエストは六十二メルです。余裕を持って、ご婦人の希望よりあと二メル増やそうと考えました。では、トータルで何メル増やせば良いでしょうか?」
「六十七メルです」
無表情にシルヴィアが答えると、ジーナは大喜びしてシルヴィアを褒めたたえる。
「さすがです! シルヴィア様!」
……通りかかったエドワードがジーナの設問を耳にし、失笑しそうになったのを必死でこらえた。
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