44話 エピローグ その後の三人、と一人
あれから数ヶ月経った。
エドワードとジーナは多忙を極めていた。
復興計画は順調で、シルヴィアとエドワードはメイヤーにつきっきりにならずとも町の住民のみでだいたい事足りるようになっていた。
それは良かったのだが、肝心の城塞の方が遅れまくっていた。
カロージェロが隣国へ旅立って以降、数人を家令候補として雇ったのだがそのどれもがカロージェロほど出来が良くなかったのだ。結局、ジーナとエドワードで切り盛りしていた。
「やっぱり、カロージェロさんはすごかったと再認識しました。あの方は、ものすごく仕事ができる方です」
ジーナがボソリとぼやくと、エドワードもしぶしぶながら同意した。
何しろ、神官も行いながら家令を行っていたのだ。神官だってそれなりにやることは多い、なのに今までのどの家令候補よりも仕事ができるのだからすさまじい。
さらに恐ろしいのは、ジーナとエドワードの二人が戦線離脱した際、それをカロージェロ一人が支えたのだ。それが一時的にしろ、徐々に仕事が回らなくなっていったにしろ、即業務がマヒしたことは一度たりともなかった。現在カロージェロが家令を行っていた部分のみを二人で分担しているのに、それでも多忙を極めているのだから、彼の処理能力はそうとうだ。
恐らく人の動かし方に長けているのだろう。
エドワードもジーナも仕事を抱え込むタイプだ。同タイプが互いにどんどん仕事を抱え込んでいっているのだから、雪だるま式に膨れ上がっていっている。
進退窮まってきたエドワードは最終手段『恥を忍んで隣国の侯爵家に家令を務められる者を紹介してもらう』を考えていたところ、使用人が慌てふためいた様子で飛び込んできた。
「か……カロージェロさんが、帰ってきました!」
その言葉を聞いたエドワードは、どう反応していいか分からず、手に持っていた書類を落として床に撒いてしまった。
カロージェロが帰ってきた。
城塞に入り、シルヴィアをはじめ、一同に挨拶する。
「このたびは、大変ご迷惑をおかけいたしました。――事情を存じてない方もいらっしゃるかと思いますので最初からお話しさせていただきますと、私は隣国出身で、とある犯罪に巻き込まれ、追っ手から逃げるために河に身を投げ、この町に流れついたのです」
カロージェロは、憑き物が落ちたように、軽やかに自己語りをしていった。
「……というわけでして、隣国へ赴き、因縁の貴族と対決しまして、無事解決いたしました。その者は、長くにわたり重罪を犯し続けてきたため、貴族籍を剥奪され、平民として処刑されました。彼は入り婿でしたが、その婿入り先の貴族も共謀を図ったとして処罰対象になっております。……こうして私は安全を確保しまして、こちらに戻ることとなりました。みなさまどうぞよろしくお願い申し上げます」
エドワードは何言ってんだ、という呆れの混じった目でカロージェロを見つめる。
その視線に気づいたカロージェロは、ニッコリ、と音が出るような笑顔を向ける。
「隣国は確かに生まれ育った故郷ですが、こちらの町でお世話になり生活していた期間の方がすでに長いのですよ。生活基盤もこちらで築いています。故郷に帰っても、挨拶を済ませればあとは邪魔者です。知った者がほとんどいない町で一から信頼関係を築き上げるのは本当に大変ですから、あえて隣国で働くこともないでしょう。私の生い立ちはただでさえ好奇の目にさらされますし。――であるならば、こちらで今までどおりすごすのが一番、というのが父上と後見人である侯爵の見解です」
現在のカロージェロは、実の父であるオノフリオ侯爵に似すぎてしまっていた。並んだら間違いなく親子だと思われるだろう。侯爵家跡取りである息子よりもカロージェロのほうがよほど似ているのだ。問題にしかならない。
隣国で神官を務めるとしたら侯爵の息子としては神官長にならざるを得ないが、そうなると侯爵家が教会を建て、カロージェロを神官長に就任させることになる。教会との勢力問題や貴族間の問題やらで複雑に絡み合い、面倒になること請け合いだ。
そのため、隣国にも近く縁故採用なしで神官長になれるこの城塞の教会で働くのが一番なのだった。
理由がわかり、これは居座る気だとわかったエドワードが苦虫を噛み潰した表情になると、カロージェロはますます麗しい笑顔で挨拶する。
「教会の許可を得ました。改めて、城塞の家令を務めさせていただきます」
ジーナは大喜びして拍手する。城塞の家令についてはジーナの方が負担が大きいので、カロージェロの帰還を本気で喜んだ。
エドワードも、カロージェロ不在での業務負担で潰れそうになっていたので反対することはなかった。
押しつけてやる、とエドワードが昏く考えていると、カロージェロはシルヴィアの前まで歩き、ひざまずいた。
「シルヴィア様。……貴方はいまだに罪を知らず、無垢なままなのですね。そのままでいてほしいと願うのですが、罪を知ることも人として重要だと、今の私は知りました。いつか貴方に罪が現れたとき、私に懺悔なさってください。贖罪をうながし、浄化いたしましょう」
などと能書きをたれると指先に口づける。
エドワードは激怒し怒鳴った。
「国に帰れ!」
帰還が認められたカロージェロは、ジーナが一人でいるときに声をかけた。
「私の浅慮のせいで、貴方の命を危険にさらしてしまいました。申し訳ありません。そして……助けていただきありがとうございます。貴方は私の命の恩人。ですから、貴方が望むことはなんでも一つだけ叶える努力をしましょう」
ジーナはカロージェロの言い回しがなんともおかしく、笑いそうになった。
努力をする、って……ジーナが望むことは何かをわかっているような口ぶりだ。
「私が望むことは何か、わかってらっしゃるんじゃないですか?」
「えぇ。外れてほしいと思いますが、わかっていると思います」
「なら、努力をしてください。……エドワード様は生真面目で優しい人なんです。誰が悪く言おうとも、私はエドワード様を信じています。ですので、カロージェロさんもエドワード様を信じてほしいのです」
カロージェロは苦笑した。
そう言われると思っていたが、やはりそうだったと思い、うなずいた。
「努力することをお約束します」
ジーナが闊達に笑う。できるかどうかわからないけれど、努力はすると約束してくれたのだ。嘘ではないだろう。
笑うジーナを見て、カロージェロは柔らかく微笑んだ。
「そう言えるようになったのも、すべてあなたのおかげです」
今まで見せたことのない素直で優しい笑みを浮かべるカロージェロに、ジーナは戸惑った。
ふと、カロージェロ自身も散々な目に遭ってきて、歪んでしまったのかなと考えた。
今はまだわだかまりがある。
だけど、城塞の中でともに仕事をしていくうちに、カロージェロとエドワードのわだかまりが消えていってくれればいい、そう願った。
カロージェロが戻ってきて、とたんに城塞の中は息を吹き返したように機能し始めた。エドワードはくやしいが、負けを認めるほどに仕事ができる。
夜の見回りも、有能でかつ大きな貴族に仕えている家令はやっている。ジーナとシルヴィアは知らなかったとして、エドワードはまさかカロージェロがそこまでやっているとは思わなかったのだ。実際はエドワードの暗躍の尻尾をつかむためだったのだが……。
テキパキと溜まった仕事を片付けるカロージェロを見たエドワードは、そばにいるシルヴィアについ愚痴ってしまった。
「――俺はカロージェロが嫌いです。嫌いだけど、有能なのは認めます。俺とジーナの二人がかりでもアイツの仕事ぶりには負けるでしょう。でも、嫌いなものは嫌いなんですよ」
延々と愚痴っていると、わかってないシルヴィアは唐突にドヤ顔をして胸を張った。
「私はいだいです」
エドワードは呆れ、笑い出す。
「そうですね。さすが、シルヴィア様の采配です」
そう言うとシルヴィアの前にひざまずき、カロージェロと同じようにシルヴィアの指先に口づけを落とした。
驚いて目をまん丸にしているシルヴィアに言う。
「将来、貴方がどこかの貴族子息と結婚しようとも、私はずっと貴方の剣であり続けるでしょう。だから、私を信じ、ずっとそばにおいていただけますか?」
シルヴィアはキョトンとして首をかしげつつ、こう言った。
「エドワードはてんさいです」
わからないときはこう言っておけば、エドワードがなんでも解決してくれるのだ!
※いったん完結にしましたが、好評につき続けることにしました。
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