43話 エドワード、責任を取ろうとする

 城塞に戻ったエドワードは、最後の問題を片づけることにした。


 出迎えたエンマにシルヴィアが甘える。二人が仲良く部屋に戻るのについていこうとしたジーナをエドワードが呼び止めた。

「ジーナ」

「はい?」

 振り向いたジーナは、いつになく真剣な顔でこちらを見ているエドワードにとまどった。

 何か話があるのだろうが、とてつもなく言いづらい、という顔をしているなとジーナは思い、まさしくエドワードはそう考えていた。

「……怪我をした君の手当てをしたのは俺だ」

 ジーナは、とまどいながらうなずく。

「……なぜなら、怪我がひどくて一刻を争ったからだ。俺は騎士団にいたので応急手当は一通り覚えさせられたし、実際怪我人を何人も手当てしているので、手慣れている。俺がすぐに手当てをした方が手遅れにならずに済む、と思ってやった」

 と、エドワードは真顔で解説した。


 ジーナは真剣な顔で語るエドワードにどう反応していいかわからず、

「治療していただきありがとうございます……?」

 と、答えた。

 エドワードがお礼を言われたいから語ったとは思えないが、話の意図がわからないジーナとしてはそう言うしかない。


 エドワードは首を横に振った。

「違う。礼ではなくて責めるべきところだよ、ジーナ。俺が君の服を引き裂き脱がせた。嫁入り前のうら若い少女なんだから、何か思うことはあるだろう? ……もし君が『責任を取れ』というのなら取るよ」

 それを聞いて、あぁ、そういうことかとジーナは合点がいった。

 生真面目なエドワード様らしい、と、ジーナはちょっと笑うとエドワードに向かって言う。

「私、結婚には一家言ありまして。……早くに両親を亡くしたので、結婚相手とは温かな家庭を築きたいんです」


 ――常に、家族の愛に飢えていたと思う。

 だからこそ、何もかも言いなりになってひたすら工房にこもり奴隷のように働いていた。

 そうすれば愛してもらえると思っていたから。……とんだ勘違いだ。

 だから、今度こそ間違えたくない。


「責任から愛のない結婚をするのなんて嫌なんです。それなら、独身でいた方がマシです!」

 そう言い切ったジーナに、エドワードが苦笑した。

「愛は確かにないけど……。でも、ジーナは大事な仲間だから」

 それを聞いたジーナは、エドワードに微笑んだ。

「私もそう思っています。……私、カロージェロさんに『仲間ですから、相談してください』って説得しましたけど、実際のところ、エドワード様ほどにカロージェロさんを仲間だとは思ってなかったんですね。だから話してもらえなかったんだと、エドワード様と話していて改めて思いました」

「え?」

 キョトンとするエドワードに、ジーナは語った。

「エドワード様は、過去のことや大事な相談をすべて話してくださりました。私も、エドワード様にはすべてお話ししています。でも私、神官で懺悔などを聞いてくださる立場にあるカロージェロさんに、一度もそういったことを話したことがないんです。だって、エドワード様が聞いてくれるから――エドワード様は私を唯一信頼し信用してくださるから、私もエドワード様を唯一信頼し信用しているから、話すのならエドワード様に話したいんです。……もし、カロージェロさんとエドワード様の言葉、どちらを信じるかと言ったら私はエドワード様を信じます。町の人たちはカロージェロさんを信じるでしょうが、私にとってはエドワード様が唯一信頼し信用している方なのです」

 エドワードは絶句し、不覚にも涙をこぼしてしまった。

 ジーナも涙をこぼす。

「……私たち、人を信じられなくなっていて、でも、シルヴィア様とエドワード様と私、ようやく信頼し信用できる人に巡りあえました。だから、この気持ちを大切にしたいと思っています。結婚は、そう言っていただけて有難いですけど、エドワード様が私を愛してくださり、私も愛したときに言ってほしいです」

「――わかった、すまなかった」

 エドワードも軽率だったと反省した。

 ジーナの過去を知っているのに、軽々しく『責任を取る』などと言ってしまった。

 うら若い少女なのだから結婚に夢も希望もあるだろう。責任なんかで結婚するなんて真っ平ごめん、というのは至極当たり前だった。

 むしろ、誠心誠意謝るべきだったと恐縮して謝るエドワードに、ジーナは軽く笑って手を横に振った。

「本当に気にしないでください。治療ですし、エドワード様ほどかっこいい方だったら女性の裸なんて見慣れているんじゃないですか?」

 ジーナとしては、最後の言葉は軽い冗談だった。だが、エドワードはぐっと詰まって黙ってしまった。

「…………え゛」

 図星をさされたと態度で示すエドワードに、ジーナは掌を返したように軽蔑の眼差しを送った。

 それこそ、うら若い乙女のジーナとしては、女性の裸を見慣れている男なんて軽蔑の対象だ。

「いや、待ってくれ。そうだけど、ジーナには嘘をつきたくないから追求しないでくれ。荒んでいた頃の話だから」

 エドワードは冷ややかな視線を送るジーナを手で制した。

 呆れ顔のジーナは慌てふためき冷や汗をかくエドワードを見てクスリ、と笑うと、

「別に私は多少軽蔑するくらいで深く追求はしませんけど、年頃になったシルヴィア様がエドワード様の武勇伝を知ったらヘソを曲げるかもしれませんよ」

「は?」

 エドワードは、ジーナの言葉にポカンと口を開けた。

 ジーナは、何を今さらとぼけているんだろう……というような顔でエドワードに言った。

「将来、エドワード様が私をとるかシルヴィア様をとるかで悩まないといいのですけどねー。私も、気持ちが固まったときにシルヴィア様が恋敵になったとか嫌なので、早めにハッキリ決めてくださいね?」

 エドワードは驚いてジーナの言葉を否定した。

「いやちょっと待てよ。さすがにシルヴィア様はないだろ。貴族の政略結婚ならともかく、平民で二十一歳の俺だぞ。地位的にも年齢的にもないよ。第一、ジーナが親子と間違えたんだろうが」

 エドワードが過去の話を持ち出すと、ジーナが思い出して舌をちょっと出した。

「もう忘れてください。『兄と妹ではない』って思ったから、消去法で残ったのがそれだけだったんです」

「兄と妹以上に離れてるって思ったってことだろ? その通りだけど。だから、ないよ」

 ジーナは冷やかすような笑顔をエドワードに向けた。

「どぉですかねぇ……? シルヴィア様はそう思ってないと思いますけど」

「頼られているし離れたくないとは思われている自負はある。でもそれは、シルヴィア様の生い立ちからだから。今まで一人で生きてきて、俺がいろいろやってやったんだ。幼児なのに初めて頼れる相手ができたからべったりなんだ、ってわかってるよ。それに、シルヴィア様は貴族だ。……今は放置されているが、そのうちここは名が売れてくるようになる。そうなったら親が放っておかないよ。魔法契約しているらしいから城主は解任できないだろうが、その代わり政略結婚の相手を送り込んでくるだろうさ」

 ジーナがエドワードの話を聞いて眉をひそめた。

 エドワードはジーナの顔を見て苦笑する。確かに平民には考えにくい話だろう。

「しかたがないんだ、それが貴族なんだからな。……俺たちは、シルヴィア様の両親がいい子息を送り込もうと思うように、せいぜいここを発展させて名を轟かせるようにするくらいしかできないよ」

「…………はい」

 エドワードは、うつむいているジーナの頭をポンと叩くと、

「行こう。ジーナは怪我で、俺は暗躍で雲隠れしていて、やることが山積みだ」

 とうながし、歩き出した。


 ジーナは、エドワードの背中を見つめながら、

「……シルヴィア様がそう聞きわけよく政略結婚にうなずくとは思いませんけど……。なんだかんだでエドワード様もシルヴィア様に許嫁ができたら難癖つけてどうにかして破棄させそう。そもそもエドワード様、カロージェロさんが指先に口づけしたくらいで激怒していた気がしますけど」

 と、つぶやくと、エドワードの後を追った。

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