50話 ジーナがいなくなった後 後

 だが、ジーナは数日経っても戻ってこない。

 工房はすでにジーナがいなければ成り立たない状態で、従業員は指示されていた縫い物が終わると次に何をすればいいかわからない。

 親方に指示を求めるが、彼もジーナが何をどこまでしていたか把握していなかった。


 おかみさんも、家のことはほとんどジーナに任せていた。

 ジーナは料理だけはどうやっても出来なかったのでおかみさんの担当だったが、他のすべての雑用はジーナがやっていた。

 ジーナが戻ったらやってもらおうと溜めていたが、荒れ始めた部屋に親方が文句を言い、しかたなくおかみさんがノロノロと家事を始めたが、慣れない家事に音を上げ、すぐにやめてしまった。


 カティオも、あれこれ世話を焼いてくれたジーナがいないことにイライラし、

「……しかたないから迎えに行こう。甘い言葉を吐いてほしいんだろ。そういえば最近、構ってやってなかったからな」

 と、重い腰を上げた。

 夫婦喧嘩が多くなっていた親方夫妻も賛同し、三人で町の聞き込みを行った。

 その結果、みすぼらしいバッグを持ったジーナが謝罪のためカティオの婚約者ケイショリーに会いに行き、門の前でしばらく立っていたということがわかった。


 ただ、それをカティオたちに伝えた者は、軽蔑するようなまなざしでカティオたちを見た。

「……ジーナちゃんもかわいそうだよな。誰かさんと結婚する、って話だったのに蓋を開けたら誰かさんは金に目が眩んで別の女と結婚する、ってんだもんな。おまけにその婚約者のご機嫌伺いに行かされて、門前払いをくらってさ。だったら、もっといい男との縁談を受けりゃ幸せだったのに。あの子は働き者だし、何よりあの子の器量なら引く手数多で、縁談も選り取り見取りなのにね!」

 両親もカティオもカッとなって掴みかかったが、周りから止められてそれ以上は手が出せなかった。

 周りにいた人々も親方夫妻とカティオを白い目で見ているのがわかり、足早に立ち去る。


 親方夫妻に「俺たちは他を当たってみるからお前は婚約者に当たってみろ」と言われ、カティオは婚約者の家に向かった。


「あなたの方から会いに来てくれてうれしいわ」

 なんとなくご機嫌な雰囲気の婚約者を見ながら、カティオは切り出した。

「……実は、数日前からジーナが見当たらないんだ。ここに来たらしいが、知らないか?」

 カティオは、ケイショリーの瞳が一瞬輝いたのを見た。

「……あら。そうなの。心配ね」

 みじんも心配してない声でそう言った。


 ケイショリーは優雅に紅茶を飲む。そのしぐさにカティオはイライラしてきた。

「家族同然に思っていたジーナががいなくなったんだぞ! なんでそんなに呑気なんだ!?」

 思わず怒鳴ると、驚いたケイショリーがキッと睨みつける。

「家族同然、ってことは家族じゃないんじゃない。なら、彼女がどこへ行こうと彼女の勝手じゃないの!?」

 ケイショリーが言い返してきた。


 言い返されて啞然としたカティオだったが、次には憤然とした。「心配だ」、などと、本当に口先だけの言葉だったからだ。

「お前はジーナが心配じゃないのか!?」

「当たり前でしょ、他人じゃないの。むしろ、なんで私が心配しなくちゃならないのよ。あなたの妹でもあるまいし。むしろ新婚生活のお邪魔虫になりそうだから、出てってくれてうれしいくらいよ」

 怒鳴るカティオにケイショリーはキッパリと言い切った。


 カティオはあまりの言葉に口をパクパクさせる。

「……お前……よくもそんなひどいことを言えるな!」

「……何がひどいのよ!?」

 とうとうケイショリーが激昂した。

「あの子はあなたの妹じゃないじゃない! 血もつながってない、単なる居候! なら、アンタが結婚して私があの家に入るから邪魔になる、って身を引いて家を出たっておかしくはないでしょう!? 逆に、なんでそんなに探し回るのよ! 金もせびらず出てってくれて良かったって喜びなさいよ!」

 怒鳴り返され、カティオは黙った。

 従順なジーナに慣れていたのでヒステリーを起こす彼女を苛立たしく思い、脅して黙らせたい衝動に駆られたが、彼女はこの界隈で幅をきかせている豪商の娘だ。せっかく捕まえた金づるなのにそんなことをしたら、確実に破談になる。

 さらに、ここは彼女の家。ひっぱたきでもしたら屈強な護衛に叩きのめされ放り出される可能性もあった。

 ぐっと黙り、拳を握って耐える。


 ケイショリーはそんなカティオを見ると息を吐いて、足を組み直した。

「もう忘れなさいよ。あなたと私は結婚するの。あの子は、家族じゃない、単なる居候のお邪魔虫。わきまえていたから出てったってこと。よかったじゃない、あなたも喜んでよ?」

 その言葉で、ジーナの家出にはケイショリーも一枚嚙んでいることがわかった。

 恐らく、ジーナが謝罪に来たときにジーナを脅してこの町から出るように言いくるめたのだ。

 何せ金持ちだ、手切れ金を渡して立ち去らせるくらい簡単だろう。


 内心の憤りを隠しつつ、カティオはケイショリーに向かって媚びた笑顔で「そうだな」と返事をした。


 ケイショリーの家を出たカティオは両親と合流し、自分の推理を話した。

 ケイショリーの家が絡んでいるとなると、迂闊に捜索できない。

 だが、ジーナには行く宛てがないのは確かだ。

「きっと隣町辺りに潜んでいるだろう。俺が迎えに行くよ。で、ケイショリーに見つからないような場所に隠せばいいさ」

 カティオは両親にそう言うと、両親もそれがいいとうなずいた。

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