38話 エドワードの嘆きと暗殺者たち

 エドワードは、泣きながら自分の名を呼ぶシルヴィアの声にさいなまれていた。

 支配と契約の効果は伊達ではなく、どれほどに離れていても聴こえてくる。


 今すぐ戻って抱きあげ、あやしてやりたい。

 その葛藤で気が狂いそうになりながらも、エドワードは戻れなかった。


 カロージェロの指摘は、正しかった。

 エドワードが暗殺者たちを誘導し、呼び込んだのだ。

 あの時は、それが最善の策だと考えていた。

 だが、いろいろうまく行かず、ジーナが死にかけた。

 おまけに一人取り逃がしてしまった。

 残った暗殺者は、エドワードのことを依頼人に話すだろう。

 そうなったら、あのままシルヴィアのもとにはいられない……。

「シルヴィア様……」

 苦悶しながらも、エドワードはシルヴィアの前に姿を現すことへの誘惑に耐えていた。

「……覚えてろ、絶対に倍返しにしてやるからな……!」

 エドワードは、自分をこんな目に遭わせている者への怨みを募らせた。


          *


 司法官長は、掃除屋から隠し文を受け取った。本人が報告に来なかったことにいぶかしみつつ読む。

「……失敗しただと……!?」

 司法官長は激怒する。

 本人が来なかったのは、失敗したことで司法官長に始末されることがわかっていたからだろう。

 思わず手に持っていたカップを壁に投げつけた。

 さらに腹立たしいことに、掃除屋は追加で報酬を上乗せしろと書いてきているのだ。

 どうやら、隣国のその僻地を治めている城主の部下は、誰もがそうとうな手練れであるらしい。

 侍女だと思われる少女に仲間を何人もやられ、その後に駆けつけた騎士は魔神のごとき強さでソイツにほぼ全滅させられたのだという。

 他に何人いるかわからないが、そんな連中が何人もいる城塞に攻め込むのなら、こちらも手練れを多く投入しないと勝ち目はない。戦争した方が手っ取り早いだろう、と書いてあった。

 司法官長は、掃除屋の要望を呑まざるを得なかった。

 適当にでっちあげて戦争をしかけてもいいのだが、問題はカロージェロだ。

 いったん戦端を開いたら、その後は国同士の戦い、和平交渉も国同士になる。うっかりでもカロージェロがオノフリオ侯爵に見つかったりでもしたら、しかけたのが自分だとばれ、最悪は処刑だ。

 司法官長は大きく息を吐いて、気を落ち着けた。

「……連中が戦争を起こせばいい。全員をかき集めさせて攻めさせ、戻ってきたら戦争をしかけたことを理由に聴取なしで全員即刻死刑にすれば問題ない。何しろ、聴取も判決も決裁も、すべて私が行うのだからな。いくら金をふっかけられようが、銅貨一枚すら払わないのだからいくらでも呑んでやるさ」

 そうつぶやくと大声で笑った。


          *


 暗殺者のリーダーで唯一の生き残りであるヤンは、金がどうこうよりも自身のプライドを傷つけられて復讐に燃えていた。

 小娘ごときに任務を阻まれ、仲間を何人も殺され、おまけに新たに現れた騎士に脅えて任務も達成せず尻尾を巻いて逃げてきたのだ。今までそんなことは一度だってなく、達成率は百パーセントだったのに。

 司法官長に煽られるまでもなく、全員を招集し、「大金が入るぞ」と焚きつけて隣国の城塞へ行き虐殺する手はずを整えた。

 だが、決行前にある噂が飛び込んできた。ヤンが逃げ出した原因である騎士が、城塞に賊が入り込んだ不始末を神官に責め立てられた挙げ句追い出されたという。ヤンは半分無念に思いながらも半分胸をなで下ろした。

 あれは別格だった。

 あんな騎士がゴロゴロいたらたまったものではないが、恐らくあの城塞の主力だろう。

 あの神官バカじゃねーのか? とも思った。

 小さな結界を張るしか能がない、それも切れたら小娘に守られていた男が、自分を守った騎士を追い出した? 意味がわからない。

 ただ、あの神官は貴族だという。お高くとまって、平民をバカにして責任を押しつけたんだろう。元はといえば自分があの城塞に居座ったせいだというのに。


 ヤンは、人数を減らすように指示をした。

 頭に血が上って、とにかく戦争だ!と情報集め専門の者や新人まで導入しようとしたが、やりすぎだった。遠征は、人数が増えるほど費用がかかる。

 なんだかんだと理由をつけて人数を減らしたが、主要メンバーは残した。

 もともと暗殺者集団だ。戦争には向いていない。

 だから、やみくもに人数を集めて仕掛けるより初回と同じように暗殺してまわるのが一番だと考えたのだ。


 そして、出立し、旅芸人を偽って公爵領へ入った。

 入国札は司法官長が用意したものだ。町の方の関所は閉じられてしまったらしいが、入ろうと思えば他にも関所はある。

 そうしてひそやかに城塞へと向かっていき、情報を集め、エドワードがいないことを確認し、再び決行した。


          *


 カロージェロは、夜中にふと目を覚ました。

 毎日激務に終われ、疲れ果てて夜は倒れ込み泥のように眠っていたが、気を張り詰めているので神経は常に冴えている。

 だから眠りが浅く、微かな物音や変化に敏感になり、すぐ目を覚ましてしまったのだ。

 カロージェロは悟った。

「今日までですか……」

 ため息をつくと神官服に着替える。

 なぜかふと、ジーナに挨拶がしたくなったが、首を横に振った。

「何も残さない方がいいでしょう。そうしたら彼女たちは何も知らないままです」

 ひとりごちると、裏門に向かって歩き出した。


 裏門へ続く扉をゆっくりと開け、外の様子をうかがったカロージェロは、眉をひそめた。

 夜だからかわからないが、裏門の様子が変わっているように感じたからだ。

 今日殺されるとわかって敏感になっているのか、暗殺者がひそんでいるからそう感じるのか。

 カロージェロはいぶかしみつつ扉を閉める。

 と、そのとき、

『――きたか――』

『――手はずどおり――』

 そんな囁き声が聴こえてきた気がした。

 それは、暗殺者の声だったのだろうが、なぜか聞き覚えのある声の気がした。

 カロージェロが最も嫌っている男の声によく似ている、そう考えてしまった。

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