37話 カロージェロの失意と覚悟
「うわあぁーん!」
「落ち着いてください、シルヴィア様」
カロージェロは困り果てていた。
エドワードが姿を消し、ジーナが倒れ寝込み、すべての責任がカロージェロの両肩にかかってきた。
どこかで望んでいたはずだ。自分がシルヴィアをすべての罪から守るため、カロージェロが実権を握りたいと。
だが、事実そうなったとき、泣きやまない幼児の扱いに困る男が出来上がっただけだった。
カロージェロが扱いに困り果てているのを見かねた使用人の女性が一人歩み寄り、シルヴィアを抱き上げた。
「ほらほらシルヴィア様、そんなに泣かない。ジーナさんはそのうち元気になりますし、エドワードさんもすぐ戻ってきますから」
「えどわーどがいないよー」
「大丈夫ですよ、ちょっとかくれんぼしているだけじゃないですか」
「でもでもー」
「しゃんとしないと、戻ってきたエドワードさんに怒られますよ」
そんな会話をしながらあやした。
それを見ながらカロージェロは、自分に足りないものを痛感した。
あの罪深き男は、人心掌握に長けていた。
自分は、何よりシルヴィア様に信頼されていない。
信頼していない男がそばでいくらなぐさめようが聞き入れないし、シルヴィアをすべての罪から守ることなど出来はしない。
しかも、二人が倒れたことでその仕事が降りかかってきた。
シルヴィアも泣きやまず使い物にならないため、カロージェロが東奔西走する。
いかに二人が優れていたのかをカロージェロ自身が身をもって知らされたのだった。
多忙な中でもどんなに疲れていても、ジーナに【
そうこうしているうちに、ジーナがなんとか意識を取り戻した。
シルヴィアは、泣きながらジーナに甘える。
「……ご心配をおかけしました……」
「じーなぁ! えどわーどがいないよー!」
「……泣かないでください、シルヴィア様……」
意識が戻ったとはいえ、寝込んでいることには変わりがない。
「シルヴィア様。ジーナさんはまだ傷が治りきっていません。つらいでしょうから休ませてあげてください」
カロージェロが声をかけたが、ジーナはゆっくりと首を横に振る。
「……シルヴィア様の、好きなようにさせてあげてください……」
その言葉に、カロージェロは唇を嚙んだ。
ジーナが怪我を負ったのはエドワードのせいだと責めたが、事実はカロージェロの責任だ。
むしろ彼は、城内でカロージェロを捜し回っていた暗殺者を殺してまわっていたのだ。
そのことが、今、カロージェロの胸を締めつけている。
エドワードは、呼び込んだと指摘したことに対して否定はしなかったが肯定もしなかった。そして、彼の罪であるはずの『第三王子暗殺未遂』ですら否定しなかった。
カロージェロは彼の血のような罪を思い出した。……本当にそれらが彼の罪なのか? なぜ、黙って消えたのか。
罪は、意識の問題だ。
彼は罪を意識している。
神官長は贖罪を促したが、「心当たりはない」と心から思っているように返した、と言った。それが恐ろしかったと言っていた。そのときは「ホラみろ、そういう男なのだ」とカロージェロは内心吐き捨てたが、今、思い返せばおかしなことが多いのだ。
エドワードの罪の深さと言動はいろいろと矛盾していて、それがカロージェロの考えるエドワード像と噛み合わず、出てきた綻びが今になって謎めいてきている。
カロージェロの考えるエドワードなら、すべての責任をカロージェロに押しつけて町から追放するはずだ。
なのに、自分から出ていった。暗殺者は自分を狙っていたのに。
……今もなお、自分を狙っているのに……。
カロージェロはぶるっと震えた。
――一人捕り逃がしている。
その暗殺者が、依頼人である司法官長に「暗殺は失敗した」とつたえるだろう。そうしたら、さらに数を集めて襲ってくるのは容易に予想できる。
今となっては、本当にエドワードが手引きしたのかもわからない。
もし仮に、手引きしたのではなく防犯面を預かっていたエドワードが暗殺者に忍び込まれた責任を感じて職を辞した、となると……。
再び襲ってきた暗殺者は城塞にやすやすと忍び込み、全員を暗殺するだろう。
少なくともあの男は、勇猛さだけは本物の護衛騎士だった。
その男がいない。
「出て行くべきは、私だった……」
カロージェロは激しく後悔した。
カロージェロは城を出る決心を固めていた。
いまだ無垢なシルヴィアが今後罪に塗れようとも、それは生きていればこそだ。ようやく神官長の言っていた真の意味を理解した。
未熟な自分には神官はおろかシルヴィアの側近さえ務まらない。
だが、エドワードが不在、かつジーナが斃れている今、現状を支えているのはカロージェロだ。
やることは山積みで、おまけにシルヴィアは毎日ぐずぐずと泣いていて使い物にならない。カロージェロはメイヤーに城塞が襲われたことを伝え、隣国へ抗議文を出してもらい、一時的に橋を上げたままにして人の往来をシャットアウトしたが、逆の公爵領側からやってこられたらお手上げだ。裏門の橋は、下りたままなのだから。
橋を上げようとしたのだがどうやっても上がらない。ジーナに尋ねたら「……シルヴィア様の許可がないと上がりません……」とのことで、シルヴィアにあげるように頼んだが、
「えどわーどがもどれなくなるからだめー」
と、聞いてもらえない。
怖い人たちがまた襲ってくるから、と説得を試みたが頑として受け入れない。
仕方なく、カロージェロは自ら裏門の番をした。
裏門からしか暗殺者は来られないから、自分を見つけたらすぐ始末して立ち去るだろうと考えてだ。
エドワードの強さは生き残りが語っただろう。ならば、自分を殺したらエドワードに見つかる前に撤退するはずだ。あえて危険を冒すことはないだろう。
覚悟を決め、カロージェロは徐々に滞りはじめた仕事をこなしつつ、裏門の近くの部屋で寝泊まりした。
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