39話 二度目の襲撃、そして……

 暗殺者たちは橋を渡り、開きっぱなしになっている裏門から次々と侵入した。

 ヤンは、前回とは違う裏門の中の様子に少し首をひねったが、警備のための改築をしようとしているのだろうと深くは考えず集まってくる仲間たちを見守った。

 何事もなく全員が侵入したところで、ヤンは口を開く。

「ターゲットは美貌の神官だが、中の連中は皆殺しだ。そして、ここを俺たちの根城にしよう。……寂れた裏町の地下から出て、城を乗っ取るぞ」

 全員が目をギラギラさせながらうなずいた。

〝掃除屋〟と呼ばれる彼らは、後ろ暗い貴族からの依頼が絶えない。だが、誰からも尊敬されず逆に誰からも見下されていた。正真正銘の野盗からすらも『コソコソと寝首をかくことしか能が無い飼い犬』と嘲笑されていた。城から見下していた連中を見下したいという欲求は、胸の奥底で常にくすぶっていたのだ。


 ヤンが合図しようとしたとき、

「お待ちなさい」

 と声をかけた者がいる。

 全員が扉の前に静かに立つカロージェロを見た。

 ふだんから美しかったが、死を覚悟しやつれたせいもあり、その美貌は息を呑むほどだった。

「私はここにいますよ。逃げも隠れもしません。とっとと私を始末して立ち去りなさい。――城塞を乗っ取るなど、戦争が起きますよ。本気でこの国と、公爵家と事を構えるおつもりですか? 貴方たちの人数なら、国や公爵家が一個小隊を出して軽く殲滅してしまうでしょう。……貴方たちの国の貴族が、貴方たち暗殺者を助けるとでも?」

 カロージェロの静かな啖呵に、全員が黙った。

 ヤンの言葉に皆が昂揚したが、実際はその通りだろう。依頼されたのに、口封じとばかりにこちらに全責任を押しつけ、見殺しにするのはわかりきっている。

 及び腰になったその時。

 ゴゴゴゴゴ……という音がし、全員が音の鳴る方を振り返ったら、裏門の扉が動き、閉まろうとしていた。


 全員が、呆気にとられた。

 が、裏門にいち早く走りだした者もいる。

 退路が断たれ、逃げられなくなると考えたのだろう。実際はいくつか出入り口はあるが、この橋が上がったらこの町に閉じ込められる。

 町にも橋はあるしどうにかなると考える者もいたが、不測の事態が起きた今、素早く撤退するほうを選んだ者もいた。


 だが、その判断は間違っていた。

 扉が閉まる前に門を出た者はいたが、扉を開けようと何人かが押し――。

「なんだこの扉!?」

「ダメだ、閉まる!」

「は、挟まれ――ギャアア!!」

 扉が彼らの身体を分断したのだ。

 裏門は閉じられた。


 仲間が閉じ込められるのもかまわず走り出た者は正解かと思われたが、多少長く生きただけだった。

 橋が回転し、渡っている者を崖にたたき落としたのだ。

 崖下に落ちていく悲鳴が門の外から聴こえてきて、暗殺者全員が固まった。

 カロージェロですら、何が起きたのかわからない。

「な、何がどうなって――」

「おい、壁を見ろ!」

 誰かがそんな言葉を発し、全員が壁を見ると、槍が暗殺者へ穂先を向けて整然と並んでいた。

 暗殺者たちはゾッとする。

 その槍は、壁に直接並んでいた。まるで、無人で攻撃するかのように。


 カロージェロも、違和感の正体がわかった。

 壁が高いのだ。

 形も微妙に違う。

 以前はもっと、趣深い――と言えば聞こえはいいが、手入れがされていない朽ちたような壁だった。

 今、月明かりに照らされている壁はいかにも城塞の壁、といった、綺麗で分厚い壁なのだ。

 そして、壁の上には、月明かりに穂先輝く槍が並んでいる。

 その槍は何のために並び次にはどうなるのかは、カロージェロも暗殺者も簡単に予想ができた。

「……うわぁぁああっ!」

 誰かが叫び、壁に向かって走る。

 死角は真下だと考えたのだろう。

 だが、その槍は、四面すべてに並んでいる……。

 全員の予想どおり、槍は暗殺者たちめがけて自動的に発射された。


 カロージェロは呆然とその光景を見た。

 これは夢か? と考えたのだ。

 夢にしては、血の臭いにむせかえりそうだ。

 ほとんどの暗殺者は死んでいる。壁に向かって走り出した者は全員死んだようだ。壁際まで行ってむしろ避けられなくなったのだろう。

 逆に、生き残った者もいた。

 暗殺者ならではの察知能力と、自身のスキルや魔術で、攻撃をやり過ごしたのだ。

 ヤンもその一人だった。

 腕を貫かれたが、そんなもので済んだのは重畳だ。

 他は、頭を粉砕されたり胴体に何本もくし刺しにされたり足を縫いつけられたりしているのだから。

「……これはいったい……」

 思わずつぶやいたカロージェロを、ヤンが睨む。

「……せめて、お前だけでも道連れにしなきゃ、腹の虫が治まらねぇよ!」

 と、暗器を振りかぶり、カロージェロに襲いかかった。

 カロージェロはあまりの惨状に頭がついていかず、ぼうっと立ち尽くしたまま、どこか遠くの出来事のようにヤンを見つめているだけだった。


 ガキィン!


「――ホンットお前って男は、邪魔してまわるよな!」

 二人に割り込み暗器を防いだのは、エドワードだった。

「お前はあのときの……!」

 ヤンはギラギラとエドワードを睨みつける。そして、壊滅したのはこの男のせいだと直感的に悟った。

「お前のせいでぇえ……!」

「それはコッチのセリフだこの雑魚野郎!! 死ね!」

 エドワードは激昂して襲いかかってきたヤンを、逆ギレして一刀のもとに斬り伏せる。

 ヤンは、すさまじく怒っているらしいエドワードの鬼のような形相を見て意味がわからないと思った。そして、それが最後の思考だった。


 カロージェロは自失しつつ、憤怒の形相で後始末をしているエドワードをぼうっと見ていた。


 エドワードは生き残りに「今回の件の詳細を知っている奴はいるか」と尋ね、知らない暗殺者は容赦なく斬り捨てた。

 知っている者に「証言をするなら生かしてやる、証言をしない奴は言え、殺す」と迫り、エドワードの恐ろしさに震えた生き残りは全員証言すると答える。

 証言すると言った連中を鎖で縛ると転がした。

「家畜の連中に頼めば見張りをしてくれるだろ」とつぶやくと、城に入り、やがて本物の家畜を連れてくると「よろしくな、シルヴィア様に頼んで美味しい餌を用意してもらうから。あ、コイツらが逃げだそうとしたら、頭をかち割るか目を潰すか、していいから」と、まるで人に頼むように話しかける。

 家畜たちは眠そうながらも鳴いて返事をしていた。


 ――ここまでをすべて一人で行ったエドワードは息を吐くと、ギロッとカロージェロを睨む。

「……正直、お前なんかとは口も聞きたくないが、シルヴィア様の護衛騎士としての役目を果たさなきゃならん。いいか、この襲撃の発端となったのはお前だ。シルヴィア様に面会して、お前はすべてを話せ。話したくなければ即刻城塞から出て行け。シルヴィア様を信用できない奴が城塞に留まるな!」

 そう言うと、踵を返して城の中に入っていった。

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