33話 暗殺者

 夜、町の大半の者が寝静まった頃に、その者たちはひたひたと城塞へ向かっていた。

 城塞の裏門――そこにかかる橋から、次々と城塞の中へと侵入していく。

 途中、二手に分かれ、数人が別の方向へ向かった。

 導かれるように進んでいくと、使用人用の通用口を発見する。

「――こっちにも通用口があったか。ならば、無理してあちらから通ることはなかったな」

「しかたがない。この城塞の情報はまったくないんだ。しかも、町側は見晴らしが良すぎて偵察には不向きだ。だが、帰りはこちらから出て船を使えば公爵領の関所は逃れられるぞ」

 と、仲間とひそめた声で会話していたとき、通用口の扉が開いた。

 それは、ベールをかぶった神官――カロージェロだった。


 カロージェロは、教会からの帰りだ。

 頻繁にではないが、町の教会へ行き、神官長と会話をしている。

 今日はその日だった。

 カロージェロは、人の気配にいぶかしんだ。

 油断しきっていた暗殺者は、人が入ってきたことで驚いてしまい、気配を隠しきれなかったのだ。

「――どなたです?」

 カロージェロが声をかけつつ手に持つカンテラをかざす。

 瞬間、暗殺者は動いた。

 カロージェロの喉元めがけて暗器をふるう。


 ――バチィッ!


 暗器に何かがぶつかり、きらめいた。

「……【結界バリア】か」

 暗殺者が舌打ちする。

 結界は、カロージェロが聖魔術の中で一番得意としている魔術だ。何せ、幼少の頃はいつも身の危険を感じていたから、得意にもなる。ほぼ無意識といっていいほど、瞬間に結界を張れるのだった。

 実際、司法官長の魔の手を逃れたのも、川で溺れ死にしなかったのもこの結界魔術のおかげだ。


 暗殺者は睨んでいたが、カロージェロも睨んでいた。

 カロージェロは、エドワードかと思ったのだ。邪魔な自分をとうとう殺しにきたのか、と考えたのだが、罪状が少し違うのでエドワードではないと分かった。

 自分を殺す理由を持つのは二人。一人はエドワード。もう一人は……。

「……司法官長の依頼ですか。あの方、まだ罰せられていなかったのですね」

 暗殺者はピクリ、と動いたが何も返さず、暗器をふるった。

 別の者は火魔術を使う。

 カロージェロの結界は両方の攻撃を見事に防ぎ、派手な光がきらめいた。

「火魔術は使うな! 目立ちすぎる!」

「どうせ皆殺しだ。人が集まればわざわざ殺して回る手間が省けるってもんだろ」

 一人が火魔術を使った男に声をひそめて叱責したが、叱られた相手は残忍そうに笑うだけだった。

 カロージェロは信じられないというように暗殺者を見る。

「……正気ですか? 城主は若くして指名されたこの国の公爵家令嬢ですよ? 彼女を傷つけでもしたら、確実に戦争になるでしょう」

 カロージェロの指摘に、先ほどうそぶいた火魔術の暗殺者が嘲る。

「ハッ! そんなことは依頼人が考えることさ。俺たちは、お前を殺して、邪魔する者は殺して、ついでに金を持ってそうな奴も殺すだけだ」

 カロージェロは怒りを通り越して呆れたが、どうやらその考えはその者だけのようで、他の暗殺者からは苦々しい感情を感じた。

「……お前がおとなしく殺されてくれれば、他の者は見逃してやる。どうだ?」

 もう一人が言うが、カロージェロが鼻でその提案を笑いとばす。

「いいえ。私がすべきことは、ここでの時間稼ぎです」

 ジーナが気づくはずだ。彼女は頼りなく可愛らしい容姿をしていながら、非常に活発で、乗馬服を着て馬にまたがり朝駆けなどしているのだ。

 ならば、不穏な状況に気づいたらシルヴィアの安全を第一に考え城塞から撤退するだろう。

 そもそもが、城塞に暗殺者を呼び込んでしまったカロージェロのせいなのだから、できる限り派手に時間稼ぎをしなくてはならないと考えている。

 カロージェロは、エドワードがシルヴィアとジーナを犠牲に自分だけ逃げおおせようとしませんようにと祈りつつ、結界で敵の攻撃をしのいでいった。


 だが、カロージェロの魔力は多いほうではない。そして、神官なので使用人が懺悔をしたいといえばそれを聞き、贖罪をうながし、浄化する。一日の最後、すでにカロージェロの魔力は限界にさしかかりつつあった。魔力を多く使う【結界バリア】なら、なおさらだ。

 カロージェロの結界は、夜明けまではもたない。

 カロージェロは逃げつつかわしつつ、暗殺者に追い詰められていった。

 ジーナがシルヴィアを連れて逃げだしていますように――と神に祈り、覚悟を決めたとき。

 カロージェロに襲いかかる暗器を黒い影がはじいた。

「「「!?!」」」

 全員が驚いて黒い影を見た。

「――カロージェロさん! エドワード様のところへ向かってください!」

 黒い影は、ジーナだった。

 ジーナは、二本のショートソードを持ち、乗馬服を着ていた。

 カロージェロは、動揺しつつ叫ぶ。

「ジーナさん!? 危険ですから、早くシルヴィア様のもとへ向かい、シルヴィア様とともに安全な場所へ! ここは私にお任せください!」

「任せられませんし、シルヴィア様にはエドワード様がついています! カロージェロさんこそ、エドワード様のところへ向かい、安全を図ってください!」

 むしろそれが怖いのだと、カロージェロは頭を抱えそうになる。

 ジーナはエドワードを信頼しきっているが、カロージェロはシルヴィアの安否が気になりすぎて気が気でない。

 シルヴィアの安否を確かめに向かいたいが、ジーナを放っておけない。

「私には、聖魔術の【結界バリア】がありますから!」

「なら、そのまま張っておいてください!」

 そう叫び、ショートソードをふるった。

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