32話 陰謀

 司法官長は、最近開通したという隣国の橋の噂を聞いた。

 そこは公爵領ということなので、司法局としても対応に気をつけねばならない。

 場所を聞いて、眉をひそめた。ふと、昔のことを思い出したのだ。


 オノフリオ侯爵から紹介された美しい少年。あれほど美しい子はいまだにいなかった。惜しいことをした。……そういえば川に落ちたと報告があったが、あの辺ではなかったか?

 あのときは大変だった。エリゼオ男爵よりもオノフリオ侯爵の方が激昂してしまい、すさまじく揉め、妻や義父にもさんざん罵倒された。


 司法官長はその時を思い出し、苦々しい顔になった。

 オノフリオ侯爵の隠し子は公然の秘密だったので弱みにもならなかったが、表向きの体裁のためにオノフリオ侯爵は引き下がった。

 だが、あの事件がきっかけでオノフリオ侯爵家とは隔意が出来、司法官長もそれまでのように好き勝手が出来なくなった。

 司法官長は入り婿で、当主は妻だ。一時は妻の暗殺も考えたが、そうなると入り婿の自分は下手をすれば追い出される。最悪は平民になってしまうので諦めた。

 司法官長になったのも実力ではなく、妻の父親の推薦によるもの。今は引退して久しく当時の権勢はないが、それでも機嫌を損ねるのはあまり得策ではない。

 最近は、少しずつ自身のよくない噂が流れているようだった。誰かが足を引っ張るために調べたのだろう。

 噂が消えるまでおとなしくしていなければならない……と、司法官長がイライラと考えていたときに、橋でつながった隣国の、さらなる噂が飛び込んできた。

 曰く、「とんでもない美形の神官がいる」と。

 司法官長はすぐに殺しそこなった美少年を思い浮かべた。

 まさか、そこまで流され、そして無事でいるとは思わなかった。

 オノフリオ侯爵には、送る途中にまったく別の場所で野盗に襲われ行方不明になった、と伝えてあるのでカロージェロとはそうそう結びつけないだろう。

 だから、気づく前に始末しなければならない。

「十数年も経って出てきたか。すぐに居場所が分かっていれば、可愛がってから殺せたものを……」

 心底惜しそうに言うと、司法官長はすぐに手を打つべくいつも使っている掃除屋を呼び出した。


          *


 エドワードはカロージェロの調査結果の紙を読み、激しく舌打ちした。

 そこには、カロージェロの過去――侯爵の隠し子の黒い噂のある司法官長の別宅で密会して以降消息を絶った、暗殺された疑いがあったが司法官長も人を出して消息を絶った場所とは違う場所を捜索していた、という隠されていた事実がそのまま書かれていたのだった。

「とんでもねー爆弾じゃねーか! 城塞に居座らせてたら暗殺者が押しかけてくるぞ!」

 エドワードが考えるのはシルヴィアとジーナの安全だ。

 ……正直、二人とも普通に強いのでそこらの野党程度なら軽く一捻りなのだが。

 ただ、この調査結果を読む限り、向かってくるのはそこらの野盗ではないだろう。

「……さて、どうするか」

 エドワードは思案し始めた。


 カロージェロと神官長は、エドワードに対して危機感を抱いたことは一致したが、そこから先は意見が割れた。

 カロージェロとしては、神官長もエドワードが危険だと認識したのはよかったが、神官長はあくまでも改心させようとしている。

「贖罪を促しましょう。あの方はもうすでにこの町の中枢にいます。欺いているにしろ、その理由を尋ね、贖罪させるべきです。現状、彼は罪を犯しておらずこの町に貢献しているのみ。私もエドワードさんを説得しますから、カロージェロ、彼に贖罪を促して――」

「神官長。貴方はわかっていません。あの男に促しても決して罪は消えない。あれは、そういう男なのです」

 カロージェロと神官長の話し合いは平行線だった。

 カロージェロには彼の罪が見える。

『欺』『偽』『嵌』『盗』

『姦』と『殺』がないだけ司法官長よりはマシ、といった感じだ。

 つまり、彼は人を騙すことを生業にしている。

 カロージェロは隣国の神官の伝手を頼り、エドワードに関して調べた。

 ほどなくして得た結果は……。


 カロージェロが厳しい顔で歩いていると、ジーナが気づいて声をかけた。

「カロージェロさん、どうかしましたか?」

 カロージェロはジーナの顔をまじまじと見つめる。

 ――本当は彼の素性を話し、騙されていたことを悟らせ味方になってもらった方がいいだろう。

 だが、カロージェロは神官だ。軽々しく他人の罪を吹聴してはならない。

 カロージェロは、ジーナに微笑みながら言った。

「いえ、なんでもありませんよ」

 去ろうとするカロージェロにジーナは声をかける。

「あの! ……私では頼りにならないかもしれません。ですが……ここで一緒に働く仲間ですし、相談していただけたらと思います! もしかしたら、いい解決策が浮かぶかもしれないですし!」

 驚いたカロージェロは、振り返ってジーナを見てしまった。

 ジーナの真剣な顔を見つめ、戸惑うが、

「……いいえ。貴方は頼りになる方ですよ。ですが、私の相談事となると神官としての内容になりますから、不用意にお話出来ないのです。申し訳ありません」

 と謝った。

「いえ、そういうことじゃなくて……。……あの、カロージェロさん自身のことで、何か悩んでいるのかと勘違いしていました」

「私の?」

 そう言ってカロージェロは首をかしげた。

 ……確かに少年時代の貴族の子息だったときのことはあるが、あれはもっと話せない。話したら巻き込んでしまうだろう。

「そうですか。でも、他はたいしたことではありません。自分でなんとかできる程度のものです。ご心配をおかけして申し訳ありませんでしたね」

「……いえ」

 カロージェロが再び謝罪をすると、ジーナはうつむいて、小さく返事をした。

 いつものジーナなら、そこで引き下がっただろう。

 だが。

「……もしも、何かありましたら、声をかけてください。いつでも話を聞きますから」

 と、再度促した。

「そうですね。そのときはお言葉に甘えさせていただきます」

 カロージェロは笑顔でそう答えた。

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