31話 神官長の苦悩

 神官長は困り果てていた。

 カロージェロは自身のスキルゆえ、罪のない城主に傾倒してしまった。

 幼いとはいえ罪がないとはよほどの箱入りか、あるいは……罪を意識できないか。

 カロージェロと話していてわかったことだ。

 本人がそれを罪だと認識すると、罪になる。だから、それが悪いことだと思っていない場合は罪とならないのだ。

 幼い子は親に叱られてそれを覚える。つまり……公爵家で一度も叱られたことがないのではないか?

 神官長はカロージェロとは逆で、城主に不安を覚えたのだった。


 だがその後、シルヴィアの人気はうなぎ上りになる。

 有言実行とばかりに、橋の修繕を皮切りに次々と町を修繕していく。

 神官長は杞憂だったかと胸をなで下ろしたが、今度はカロージェロのやりすぎが心配になる。

 いっそ叱られたことがない子どもだったらよかった。そうしたらカロージェロは失望して、シルヴィアのもとを去るだけだ。

 だが、そういうわけでもないらしい。


 しばらくして、カロージェロは「身を隠すにもちょうどよかったから」と、城主の家令になると言い出した。

「……確かに、神官が家令になってはいけないという規則はありませんが、異例中の異例ですよ?」

 神官長はそう言ったが、カロージェロは「神のお導きです」と言って譲らない。

 城塞の敷地内に教会があったのが運の尽き。教会があるなら神官が必要になる。カロージェロはそこの神官長になってしまった。

 町の教会の副神官長が城塞の神官長になるのは至って普通、その流れで行くと、同じ敷地内で管理元である城塞では人手が足りないので手助けとして家令を行うというのは言い訳として成り立つ。

 神官長は、「できるだけ戻ってきて、話を聞かせてください」と言うしかなかった。


 カロージェロは、橋が上がり閉門した後で教会に戻ってきて、神官長と話をした。

 だいたいはシルヴィアの話だ。

 ほとんど表情を動かさないが褒め讃えると少しだけ態度に出す、その姿が愛らしいだの、魔術を間近で見たがまさしく神の御業のようだだの、神官長が引くくらいに話す。

 そして、最後はエドワードの話になる。

 神官長はへきえきとしつつも、

「皆から信頼されている方ではないですか。町の復興にも熱心ですし、今まで悪い評判を聞きません。……罪を懺悔してもらいましょう。そうすれば、彼の悔恨も晴れますし、貴方の憂いも払えます」

 と、とりなすが、信頼を得ているのが罪の証拠だと、取り合わない。

 しかたがない、自分がさりげなく聞いてみよう――そう考えていた矢先にエドワードが尋ねてきた。


 神官長はエドワードと話してわかった。エドワードもまた、カロージェロを疑っていた。

 にこやかかつ言葉巧みにカロージェロの過去を探ってくる。

 その如才ない言動に、神官長はカロージェロと似ている、と感じた。

 カロージェロは生い立ちにいろいろあったこととスキルのことがあるため、他者に対して一線を引き、様子を探るところがある。

 エドワードはそのカロージェロと同じような対応をするのだ。

 だが、エドワードのスキルは感覚器官上昇で、属性魔術は風だ。特に問題はないし、本人も隠していない。

(いったいカロージェロは彼にどんな罪を見たのだろうか……)

 カロージェロに対して不審感を募らせているエドワードは、カロージェロと同じようにシルヴィアの身を案じている。

 神官長から見たら、主君想いで働き者の見目麗しい若者だ。

 常にシルヴィアのそばで助言を与え、無茶をしようとするシルヴィアに対して心配そうな顔で声をかけているのをよく見かける。

 時々抱き上げて親しげに話しながら歩いているし、非常に仲が良くシルヴィアの信頼も厚いと思われる。


 ……ただ。

 エドワードがカロージェロと似ている、ということが逆に気になる。

 カロージェロはここに来てからもいろいろあり悩み壁にぶつかりなどしていたが、その思春期の青さも含めて町の住民すべてに信頼されるほどの青年に成長している。

 エドワードもまた町民の信頼を短期で得ていて、町の修繕は彼が主導となっている。

 もちろんメイヤー他、町の住人と打ち合わせているし、キチンと城主に許可をとっているので独断ではない。そもそもシルヴィア自身、年齢のわりに少し幼いというか少なくとも利発という言葉とは無縁そうなのでエドワードが導いたほうが良いのは確かだが、その裏で糸を引いているかのような導き方がカロージェロと似ているのだ。

 もう一つ。

 エドワードもまた、カロージェロを不審に思っていると同時に嫌っている、と感じた。


 エドワードが退去するときに、神官長は声をかけた。

「エドワード様。……もし、何か心に悔やまれることがありましたら、ぜひとも懺悔することをお勧めいたします。心に刺さったトゲは、刺さったままでは決して癒えることはありません。教会は、懺悔内容は秘匿しておりますし、懺悔の後、贖罪を行い浄化の魔術をかけると罪も消えるでしょう。幼い子でも罪は犯します。どうぞ、つまらない内容でもお話しください」

 エドワードは、唐突にそんなことを言い出した神官長に戸惑った。

「え……えぇと、そうですね。特に思い当たりませんが……。覚えておきましょう。ありがとうございます」

 本当に心当たりがないような態度でエドワードが返した。


 ――それが演技でなければ、彼は罪を自覚していないか、大した罪ではないと思っているか。……いや、カロージェロがあれほど憤るのだから、彼は大罪を犯していると自覚しているはずだ。

 心当たりなどまるでないかのようなエドワードに、それこそが彼の大罪なのかと神官長は思い至った。


 それが演技でのなら、彼は周囲を完璧に欺いている。つまり、それこそが彼の大罪だ。

 それが演技でのなら、彼は罪とわかっていながら正当だと考えている。懺悔など不要だと心から思っているので思い当たる節がないのだ。


 それは、どちらにしろ最悪だった。


 神官長は、去っていくエドワードの背を見つめながら、ようやくカロージェロの心配が理解出来た気がした。

 エドワードは、危険だ。

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