30話 カロージェロの場合 4
それから十数年。
カロージェロは青年となり、やり手の副神官長となっていた。
現在は彼が教会を取り仕切っていたが、恩義のある神官長を常に立てていた。
結婚もしないままだった。
秋波は常に送られてきていたが、交際に至るまで積極性を出す女性がいなかったし、彼もまた自分のスキルのせいで一歩踏み込めなかった。
罪が見えるスキルを持つ男など、怖くて結婚どころか交際すら無理だろう、と、カロージェロは諦めていた。
昨日まで、何も変わらず神官を続け、人々の懺悔を聞き贖罪を促し罪を浄化する日々だった。
今日もいつもと変わらない日々だろう……と、考えていたカロージェロの平穏は破られる。
メイヤーから、長らく放置されていた城塞に城主が現れたと聞かされ、一週間後に集まるようにと通達されたのだ。
集まらないと町の修繕が行われないという。
カロージェロは眉をひそめた。脅しをかけてきたか、と思ったのだが、メイヤーはカロージェロの表情を読んで手を横に振った。
「脅しではありません。城主となった方は、町民が自分を城主として認めるのなら町を修繕しよう、と言っているだけです。……まぁ、そう言うのも無理はない、幼い少女でしたから。幼女のワガママと思って聞いてやってくだざい」
カロージェロは今度は呆気にとられる。
そんな幼女に何が出来るのだろうか、だが、どんな罪を負っているのか見定めなくては、と、集会に向かい、そこで見たものに驚愕した。
――壇上に立つ幼女には、いっさいの罪が無かった。
表情はとぼしく、小さな身体は頼りない。
カロージェロは、かつて神官長から聞いた話を思い出していた。
『――もし罪を犯していない者がいるとしたら、それは人とかかわっていないかわいそうな者という証拠でしょう――』
まさに、そこに立つ幼女がソレだった。
その幼女は魔術を放つ。
それは、カロージェロにだけはわかった。
だが、その魔術は非常に心地よかった。
神が彼女を遣わしたのだ、そのときカロージェロはそう思ったのだ。
いっさいの罪を背負っていない、無垢な幼女が城主となった。
ならば、自分は彼女を支えすべての罪から守ろう、そうそのときに決意した。
――そう考えながらシルヴィアを見つめていたとき。
それまで眼中に入っていなかった男が、シルヴィアの前にひざまずいた。
カロージェロは、その男を見て驚愕した。
それは、この十数年間見ていなかったほどの、血の滴るような真っ赤な文字で罪状が記されていたのだ。
*
「……カロージェロ。その、貴方の心配は分かります。ですが、繰り返し伝えているように、罪とは――」
「神官長様。おっしゃることはわかっています。ですが、あのままですとシルヴィア様が危険なのです。初めて見た罪のない無垢な幼女を守らなくてはなりません。……あの罪深き男から……」
神官長はいろいろ言って引き止めたが、カロージェロは止まらなかった。
引き継ぎをして、シルヴィアのもとへ行く準備を進める。
カロージェロには、シルヴィアが橋を直して開通させてしまったことも頭が痛かった。
十数年経った今も司法官長が自分の行方を追い、探し出したのち住民もろとも皆殺しにするリスクを負うとは思えない。しかも、隣国の公爵家令嬢が城主として在城している今ならなおさらだ。それこそ司法官長の罪のせいで戦争になるだろう。
それに、今もまだ罪を重ねているかわからない。とっくに捕まって処罰されているかもしれない。
だが、油断は出来ない。
カロージェロは神官長に長く騙していて申し訳なかったと謝罪し、自分の事情を説明した。
「……そのような事情ならばしかたありません。ですが、城主様には話した方がよいでしょう」
神官長の言葉にカロージェロは首を横に振る。
「城主様にお話ししたいのはやまやまですが、あの罪深き男がそばにいる以上、危険です」
神官長は困り果てた。
あの護衛騎士はいったいどのような罪を背負っているというのだろう。
思春期の頃のカロージェロを思い出すほどに、今の頑迷なカロージェロに手を焼いていた。
「……カロージェロ。いいですか、昔のことを掘り返して申し訳ありませんが、かの夫人のような経緯もあるのです。懺悔を聞き、贖罪を促しましょう。そうして貴方が浄化すれば――」
「神官長様。彼の罪は、そのようなものではありません。そして、懺悔も贖罪も、うわべだけで決して許されることはないでしょう」
綺麗な笑顔で反論するカロージェロに、神官長は頭を抱えた。
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