29話 カロージェロの場合 3
神官として務めていくうちに、思春期を迎えたカロージェロは自身のスキルで苦しみだした。
皆、いい人だ。
だが、全員罪人だ。
大した罪ではない。単語なので詳しい内容は分からない。そうわかっている。だが、罪が見える。それがつらい。
いつも気にかけ心配してくれる夫人に『殺』の文字が見えたときは凍りついてしまった。
スキルに振り回されているカロージェロを見て、ある日神官長はカロージェロに言った。
「……そういえば以前、服飾店のご主人が『隣国で仕入れの途中にスキルを制御するという珍しいステッキを見た』と話していたのを聞いたことがあります。よかったらそれを取り寄せましょうか?」
カロージェロはハッとして神官長を見た。
これ以上迷惑をかけたくないと思ったが、そのステッキでスキルのオンオフが出来れば素晴らしい。
カロージェロは神官長にお願いし、神官長は服飾店の店主に頼んで取り寄せてもらった。
「何やら制御が難しいらしいんですが、大丈夫ですかね?」
と店主は言いつつステッキを仕入れた。
神官長は代金を支払おうとしたが、店主は手を横に振る。
「いえいえ、無料同然でしたから。なんかよくわからないんですが、魔術師の杖って普通はこの形じゃないそうなんですよ。でもって、なんか制御が本当に難しいってことでして。よくわからんのですが、神官の方が使うのなら、大丈夫でしょう」
神官長は受け取った。確かに、呪われていたとしても神官長もカロージェロも聖魔術の遣い手なので解呪できる。
神官長はカロージェロにそのステッキを渡した。
取り寄せてもらったステッキは、確かにカロージェロのスキルを封じた。
だが、本当に何も見えなくなった。
スキルを奪われ、まったく作動しない。
魔術も使えない。
カロージェロが爽快感を味わったのは一瞬だけだった。
視界が急に変わり、常に見えていたものが見えなくなる。
ステッキを手放しても、今まで見えていたものは見えない。
カロージェロは奪われた不安のあまりパニックを起こした。
神官長はカロージェロからステッキを取り上げたが、カロージェロがまたスキルを使えるようになるまでかなりの時間がかかったのだった。
危険なステッキだと神官長は思ったのだが――実際、スキルが使えなくなったのはカロージェロのみだった。神官長が持っても、服飾店の店主が持っても何も起きない。単なるステッキだった。
解呪も試みたが、特に呪われているわけでもなく、相性が悪かったのだろうと結論づけ、神官長は服飾店の店主に返した。
スキルに振り回されてさんざんな目に遭っているカロージェロに、神官長は話した。
「貴方は人の罪が見える。ならば、その罪を懺悔した者を、許してやりなさい。贖罪した者を浄化してやりなさい。誰かしら何か闇を抱えて生きています。もし罪を犯していない者がいるとしたら、それは人とかかわっていないかわいそうな者という証拠でしょう。人と人とが交流してこそ罪は生まれるのですから」
カロージェロは、神官長の言葉に開眼した。
そして、人々の懺悔を聞き、当たり前のアドバイスをして贖罪をさせ、【
嘘をついた者や喧嘩をして暴力をふるった者には謝るように伝え、贖罪できたと再度現れたら浄化する。
そうしたら、文字が消えていった。
『殺』の文字が浮かんでいた夫人は、泣きながら言った。
「神官様のような若い子に聞かせる話ではないのはわかっているのだけど……」
彼女は元来身体が弱かったが、その時期はいつも以上に忙しかった。
無理をして働いていたら身体を壊して倒れ、医師に診断してもらったら妊娠していたそうだ。……だが、不安定な時期に無理をして、さらに倒れてしまったのがいけなかったらしい。赤子は助からなかった。
彼女は自分を責め続けていた。
そしてその話を聞いたカロージェロも、自分を責めた。
罪を犯すのには理由があり、またカロージェロのスキルもすべてが見通せるわけではない。
彼女のようなパターンもあるのだ。
カロージェロは、彼女に優しく伝えた。
「でしたら、今後は自身の身体をいたわりましょう。夫人が身体をいたわること、それが贖罪になります」
伝えた後、浄化の魔術をかけると、文字は綺麗に消えた。
「……そんなものなのか」
罪と向き合い、贖罪すれば罪は消えるのだ。
――軽度ならば。
恐らく一生消えないであろう罪の文字を背負った司法官長をふと思い出す。
彼は罪を重ね続けるだろう。
だから、カロージェロも嘘をつき続ける。
自身が罪を背負うことでこの平和な町が守られるのであれば本望だ。
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