28話 カロージェロの場合 2

 カロージェロは護衛を探しながら逃げる。

 だが、護衛は司法官長が言いくるめて引き上げさせてしまったのだった。

「――誰か! いないの!?」

 追っ手がだんだんと近づいてくるのがわかった。

 護衛はどこにもいない。

 ベールを取った自分は、誰かに救いを求めても逆にその誰かに襲われるだろう。

 追いかけてくる者はすべて真っ赤な字で罪が書かれている。

「――もう、助かる術は――……」


 あぁ、どうして。

 自分が何をしたというのだろう。

 なぜ皆、自分を襲おうとするのだろう。

 どうして皆、平気な顔で罪を犯すのだろう。


 絶望したカロージェロは、それでも連中の手にかかって死ぬくらいならと、川に身を投げた。


 ――そこから、目を覚ましたときは心配そうに自分を覗き込む顔、顔、顔。

「うわぁっ!」

 驚いて飛び起きると、周りも驚いていた。


 人の良さそうな顔に囲まれたカロージェロは戸惑った。

 自分のいる場所がわからなかったからだ。

 ただ、あの連中に捕まったわけではないのは、罪が全員軽微でせいぜい『嘘』『隠』くらいしかなかったからだ。

「良かった良かった、意識を取り戻したぞ」

「川から流れてきたときは死んでるかと思った」

「運が良かったんだな」

 口々に言われ、流されていたところを救われたのだとわかった。


 カロージェロは身の上や川に流されていた事情を尋ねられ、とっさに記憶喪失のフリをしてしまった。

(あぁ、きっと鏡に映る自分は赤い文字がくっきりと浮かぶだろう。こんなに善良な人々を騙したのだから)

 そう思い、暗くうつむく。

 それを、記憶喪失のために不安になっているのだと勘違いした人々はメイヤーに相談した。

 メイヤーは、

「川から流されたとなると、隣国出身ということになるだろうが……。そうなると国交問題だから、領主様に頼まないとどうしようもないんだがなぁ」

 とぼやいた。

 公爵家に何度も手紙を出しているが、返事が来たこともないしそもそも届いているかすら怪しい。

 何せ、同じ領に手紙を出すのにもかかわらず隣国を経由しないといけないのだから。

 メイヤーは「期待をしないでくれ」と言って手紙を出そうとしたが、カロージェロは止めた。

「私なんかのために、無駄なことをしないでください」

 その言葉は本心だが、もっと言うと、万が一にでも手紙が司法官長の手に渡ったら、ここに乗り込み、下手をすれば住民全員を虐殺するかもしれないと思ったのだ。

 司法官長がオノフリオ侯爵やエリゼオ男爵をどう言いくるめているか知らないが、自分が生きているのがわかれば必ず口封じをするだろう。

 オノフリオ侯爵やエリゼオ男爵が自分の言い分を信じるとは限らない。だが、今まで自分は襲われたことしかなく、『照罰』という、人の罪を暴くスキルを持っている。

 また、司法官長の座などほしいと思ったこともない。

 これらを合わせれば、どちらが嘘をついているかは分かりすぎるほど分かるだろう。

 ……と、その程度のことはカロージェロでも分かるのだから、司法官長も分かっているだろう。

 だから、口封じにやってくる。

 この孤島のような場所なら、隣国であっても兵団を送り込んでも問題はないと踏むだろう。

 だから、カロージェロがここにいることは秘密にしておきたかった。


 カロージェロは教会に連れて行かれ、スキルと魔術の確認をされた。

 これは逆らえなかった。記憶を失っていることになっているのだ。手がかりとしてスキルと魔術を確認するのは当たり前だろう。

 神官長はカロージェロのスキルを見て絶句し、うつむいているカロージェロの反応を見て何かを悟ったようにハッとし、そして微笑みながらカロージェロの頭を撫でた。

「これは、貴方が神から愛されたという証しですね」

 神官長がそう言うと、カロージェロはますますうつむく。

「……そうは思えません。……私は、人が信じられないのです」

 好きで美しく生まれついたわけではない。

 好きで人の罪が見えるようになったわけではない。

 神官長は少し考えた後、メイヤーに伝えた。

「彼は、私がめんどうをみましょう。彼の属性魔術は聖魔術でした。これはきっと、神の導きです」


 神官長は、カロージェロに鍵のかかる部屋を与えた。

 何があったのか、本人が語りたいと思うまでは聞くつもりはないし、深く傷ついているのであれば閉じこもりたいであろうと察したのだ。

 カロージェロはその通り、鍵を掛け閉じこもった。

 神官長は食事を差し入れ、いろいろ一方的に話した。

 町民からの差し入れも、そのときに渡した。

 神官長の気遣いと町民の優しさにカロージェロは癒やされ、カロージェロはこの町で生涯暮らすことを、そして神官になることを決意した。

 鍵を開け、神官長に自分の決意を告げると、神官長は優しく微笑んだ。

「小さな古びた教会ですが、皆、信心深い者たちです。貴方のそのスキルと魔術も、いつかきっと本来の使い途がわかるときがくるでしょう。……それで、貴方の名は、なんと言いますか?」

「……カロージェロと言います」

「では、カロージェロ。貴方は今日から神官です。略式ですが、神官の儀を行いましょう」

 その日からカロージェロは神官となった。

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