4章 暗雲

27話 カロージェロの場合 1

 カロージェロは、隣国のエリゼオ男爵家子息だ。表向きは。

 実はオノフリオ侯爵と踊り子との間にできた子で、母親である踊り子は出産時に死亡。生まれた子を家に入れるわけにはいかないオノフリオ侯爵が、親族のエリゼオ男爵に『養子にしてくれ』と頼んだのだった。

 オノフリオ侯爵家の継続的な支援の確約と、両親の良いところ取りの非常に美しい子だったという事もあり、エリゼオ男爵は了承した。


 そのままエリゼオ男爵家の末息子としてかわいがられていたが、カロージェロは美しすぎた。

 数え切れないほど不審者につけ狙われ、誘拐未遂は月に何度もある。

 エリゼオ男爵家だけでは守りきれないと、オノフリオ侯爵家も護衛を導入する騒ぎだ。それほどに幼少期のカロージェロは人を惑わせる美しさだった。


 そうして、カロージェロは身を守るために『照罪』というスキルを授かった。これは、犯した罪が見えるのだ。これで身を守ってきた。

 実際のところ、『照罪』はそう使い勝手の良いスキルではない。『嘘をついた』などという軽微な罪でも見えてしまう。そして、その罪は非常に簡単な単語で表されている。

 だが、自分に悪意のある人間の判別は出来る。

 罪状が大きい者は文字がより濃く赤くなっていく。血のように真っ赤な罪を持つ者を避ければ良い、とわかったのはしばらく経ってからだ。それまでは皆を避け、部屋にこもりがちになり、常にベールをかぶっていた。


 それでもカロージェロは恵まれていた。養子だが両親も兄姉も自分に良くしてくれて、実の親子のように心配して気にかけてくれていた。実の父であるオノフリオ侯爵も、家に入れられない負い目で金銭面での援助や護衛の手配などを積極的に行ってくれた。

 周りの支援により少しずつカロージェロの人間不信が和らぎ、外出も出来るようになっていった。


 カロージェロのスキルと魔術はエリゼオ男爵とオノフリオ侯爵のみが知っていた。

 特殊なため、秘匿しようという話になったのだ。

「将来は、神職に就くといいかもしれないな。高位の聖職者になれるだろう」

 と、エリゼオ男爵は言い、カロージェロもその方が身の安全を図れそうだと考えていたが、オノフリオ侯爵は「罪を暴くのならば司法がいいだろう。今から勉強しなさい」という意見で、エリゼオ男爵はオノフリオ侯爵に遠慮してカロージェロに司法の職に就くことを勧めた。


 これが、分岐点だった。

 ここでエリゼオ男爵が聖職者になることを強く推していれば、カロージェロは隣国で高位の聖職者になっていたことだろう。

 だが、司法を目指すことになった。

 オノフリオ侯爵家から優秀な家庭教師を何人も送られたカロージェロは、ひたすら勉強した。二人きりになろうとし不埒な行為に及ぼうとする者もいたが、護衛が常に見張っているし、その前にカロージェロがエリゼオ男爵に訴えて解雇した。


 カロージェロは不安に思う。

 なるほど、司法職に就けば、裁く者の立場になる。だが、それが最善なのだろうか?

 現に、オノフリオ侯爵がこれと見込んだ家庭教師ですら半数が重罪、その他も軽微な罪を重ねている。自分が裁けば、全員が犯罪者だ。――実の父ですら。


 そして、決定的な事件が起きた。

 カロージェロが十歳のとき、オノフリオ侯爵は現在の司法のトップである司法官長と自分を引き合わせた。

 カロージェロに負い目のあるオノフリオ侯爵としては、司法官長とつなぎを作っておけば、将来有利になると考えたし、実際それは正しかった。

 ただし、それはカロージェロの尊厳を犠牲にしてだった。


 カロージェロはその日、司法官長の屋敷を訪れ、司法官長を一目見て絶句した。

『騙』『姦』『虐』『殺』といくつもの文字が真っ赤に書かれている。

 司法官長は、カロージェロに親しげに、いかにも人が良いように話しかけたが、カロージェロが警戒しているどころか脅えているのを見て、すぐに本性を現した。

 半ば無理やり二人きりになり、口を塞ぎ、カロージェロにささやいた。

「君は、司法の職に就きたいのだろう? なら、私の言うなりになるしかない。司法の人事はすべて僕の思惑一つで決まるからね。私が目をかけてやったら、必ず出世するし、君の容姿なら――私の後釜にもなれるよ。それでも断る気かな?」

 カロージェロは吐きそうになりながらも振りほどき、言った。

「ぼ、僕は、そもそも司法の職になんて就きたくなかった! だから、貴方の罪を告発する!」

 司法官長は鼻で笑った。

「は? 誰が信じるかって言うんだ。たかが男爵子息と司法官長の私だぞ? お前が誘惑して私が乗らなかった、とでも言えば、みんな私を信じるさ」

「父とオノフリオ侯爵は僕の言うことを信じる! 僕のスキルを二人は知っているから!」

 司法官長は怪訝な顔をした後、急激に険しい顔になった。

 ――思い出したのだ。オノフリオ侯爵が司法官長に話を持って来たときに言ったことを。

「カロージェロは、特殊なスキルを持っていて、司法の職にはうってつけなのだ。ぜひとも会ってやってほしい」

 そのときは、噂の美少年を毒牙にかけられる喜びが出ないよう腐心していたため聞き流していた。

 司法官長は、絶対にカロージェロを逃がしてはならないと襲いかかった。

 カロージェロも死に物狂いで逃げる。

「……諦めろ! この屋敷にはお前の味方などいない! 全員、私が弱みを握っているか私のばかりだからな!」

 司法官長は叫び、とうとうカロージェロを捕まえて組み伏せた。

 が、カロージェロは司法官長の股間を蹴り上げた。

「――――!??」

 苦悶する司法官長を突き飛ばし、外に逃れた。


「――おい! 誰でもいい、奴を追え! 絶対に逃すな!」

 司法官長は口がきけるようになると怒鳴った。

 自身が追いかけたいが、現時点では立ち上がることすら出来ない。

 配下の者に追わせた。

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