26話 ジーナ、考察する

 カロージェロは、ジーナとシルヴィアのみのときを見つけては二人に話しかけていた。

 信心深くない二人に幼子へお伽話を語るように神話を話したり、好きなものや楽しかったことなどを尋ねたりしていた。

 ジーナはそんなカロージェロに警戒心を少しずつ解いていった。

 実際、町でのカロージェロの評判は、美貌抜きにしても非常に良い。

 河に流されていたところを助けられたのは有名な話で、そのときに「私が助かったのは神の慈悲で、ここに流れついたのは神の導きによるものだと考えております」と言い、神官として務めることを決意したという。

 シルヴィアに取り入ろうとしている、というよりは二人に説法を説きに来たんじゃないかな、と考えた。


 あるいは。


 ジーナはチラリとカロージェロを見る。

 カロージェロは、どうもシルヴィアに心酔しているようなのだ。

 シルヴィアを褒めること、ジーナ以上だ。

 シルヴィアの魔術をやたら見たがり、どこか修繕したりすると、それはもう大げさに讃える。

 ジーナと二人で讃えるものだから、シルヴィアの鼻息と腹の突き出しっぷりが半端なくなっている。


 そして。

 エドワードのことをひどく嫌悪している。


 ジーナにエドワードとのなれそめをしきりに尋ねてくるのだが、ジーナも「私もエドワード様も、シルヴィア様とは道ばたで知り合いました」とは言えない。

 シルヴィアはれっきとした公爵令嬢で城塞の城主となる契約書も持っているのに、護衛騎士と侍女が素性もわからないその辺で出会った人間だと知られれば、シルヴィア自身もうさんくさく思えてしまうだろう。

 最初はそう思ってかわしていたのだが、そのことをエドワードに話したときに指摘されたのだ。

「それって、あの野郎は俺たちを端っからシルヴィア様の護衛騎士と侍女とは信じてなかった、ってことじゃねーか」

 吐き捨てたエドワードの言葉でジーナはハッと気づいた。


 確かに平民は貴族の雇用に関して詳しくない。

 だとしても、平民のジーナですら侍女と護衛騎士のなれそめなんて尋ねたりはしない。

 ――そんなもの、雇われた屋敷で出会ったに決まっているではないか。


「カロージェロさんは……」

「疑ってるんだろ、俺たちを。……俺たちからしたら、テメェのほうがよっぽど疑わしいってのにな!」

 エドワードは吐き捨てるように言った。


 ジーナはエドワードから話を聞いてカロージェロに対する警戒心を一時強めたのだが、それを察知したカロージェロに謝罪された。

「……ぶしつけにいろいろと尋ね過ぎてしまいましたね。神官としてあるまじきことでした。申し訳ありません」

「……いえ、そういうわけではありませんけど……」

 カロージェロは首を横に振る。

「心配のあまり、余計なことをしてしまいました。……ですが、本当に心配なのです。貴方やシルヴィア様は、無垢なので……利用されていても気づかないような気がします」

 ジーナは、エドワードのことを言っているのだと察した。カロージェロが疑っているのは、ジーナとエドワードではなく、エドワードただ一人なのだ。

 絶句するジーナを見てカロージェロは苦笑し、

「また言い過ぎてしまいました。申し訳ありません」

 と、謝罪した。


 ジーナは迷う。

 カロージェロは、騙そうとしているのではない。

 エドワードを警戒し、シルヴィアとジーナを心配している、それが分かってきたからだ。


 ――純粋に心配しているのだと思うと、申し訳なく思う。

 うさんくさいのはエドワードだけでなくジーナもだからだ。

 むしろエドワードは、侯爵家子息の元近衛騎士という出自。騙された経緯があるため大っぴらにしていないだけで、ちゃんとした侍女でないのは、元お針子で勤め先から逃げ出してきたというジーナのほうだ。


 ジーナはカロージェロに訴えた。

「シルヴィア様を心配してくださっているのはわかります。ですが、私もエドワード様も、シルヴィア様に忠誠を誓い、一生を捧げております。それは、誰にも負けません。私たちは、軽い気持ちでシルヴィア様に仕えているわけではないことを知ってください」

 真剣に話すジーナにカロージェロは戸惑った。

「……そうですか。ジーナ嬢はそうでしょうね」

 カロージェロの歯切れの悪い口調に、ジーナはさらに訴える。

「エドワード様もです! エドワード様は、騎士の誓いを立てております。シルヴィア様と契約もいたしました。本当に信頼できる方なのです」

 ジーナが訴えるほど、カロージェロは心配そうな顔になっていく。

(どうしてそこまでエドワード様を疑うの……?)

 確かにジーナは長らく騙されてきた少女で、シルヴィアもまた無垢な幼女だ。

 だが、何も持っていなかったシルヴィアを心配して城塞まで送っていったエドワードは、かなりいい人だと思う。

 必要な日用品の買い出しだって、エドワードが身銭を切っていた。後にシルヴィアが支度金を持っていたということが判明し、シルヴィアはエドワードにお金を渡そうとしていたが「さすがにシルヴィア様の年齢の方から個人のお金は受け取れませんよ」と苦笑していたので、金銭面でも気前が良く誠実だと思う。


 自分はむしろ下心でシルヴィアについていった。親方親子から完全に逃げ切るために城塞に入りシルヴィアの侍女になろうとしたのもある。

「……私よりもよほど、エドワード様の方が誠実な方です。いつもシルヴィア様の心配をしておりますし、自分の身を犠牲にしてもシルヴィア様のためを思って行動している方です」

 そう言ったが、カロージェロに伝わるかどうかわからなかった。

 カロージェロは、なぜか頑迷に『エドワードは害だ』と、結論づけている気がしているからだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る