25話 エドワード、調査する

 結局のところ、カロージェロの話はうやむやにされて終わった。

 理由にもなっていない理由でシルヴィアを誤魔化したのだが、エドワードはもちろんのことジーナですら納得はしていない。

 だが、シルヴィアが納得してこれ以上首を突っ込まなければいいので、あの場はそれで収め、エドワードは独自に調査した。


 判明したのは、カロージェロはここの生まれではない、ということだ。

 河で溺れ流されていたのを役人が見つけ、救出されたのだという。

 助かったのだが記憶喪失で、河の流れからして隣国出身だろうが、この孤島と化した町では隣国と交渉することもできない。

 メイヤーはもちろん公爵家に手紙を送ったが、当然のごとく返事は返ってこない。

 教会でスキルと魔術の判定をしたところ、聖魔術だったのもあり、本人の希望もあって神官となったということだった。


 エドワードは考え込む。

 隣国に行って調べたいところだが、そんな余裕はまるでない。

 カロージェロがシルヴィアにまとわりつき家令の真似事をしているのはシルヴィアの権力を利用しようとしているからだ、というのは確かだ。

 そしてそれは、カロージェロが隣国出身でここにくる前のことが引き金になっている。エドワードは直感でそう考えた。


 カロージェロは、シルヴィアが城主になってすぐに現れたのではない。来たのは最近……都市の修繕が進んでからだ。

 だから最初は教会の修繕を頼みに来たのだと思っていた。

 もちろんお断りだ。

 だが、今の今まで教会の修繕をシルヴィアに頼んだことはないし、今は町の教会に顔を出すことすら稀だった。つまり、訪れたのは教会の思惑ではなく、人が流れるようになったことでカロージェロ個人がシルヴィアと誼を通じたいと考えやってきたのだと悟ったのだった。


 エドワードは時間を作り、神官長と面会した。

 多少古びてはいるが、メイヤーの屋敷よりもよほど手入れが行き届き新品なものもある教会を眺めるエドワードに神官長は苦笑しながら「こういってはなんですがカロージェロのおかげです」と言った。

 何しろあの美貌だ。彼に会いたくて礼拝に訪れる者は多く、彼が頭を下げればお布施も弾むらしい。

 今はさすがに一時期の人気はないが、それでもこの町の者は皆、非常に信心深いということだった。


 エドワードは、言葉巧みに神官長に訴えた。

 カロージェロが家令をしていること、彼の素性を知らない者が多く、城主の護衛としてはカロージェロの横行を見逃せないと話すと、神官長は困った顔でエドワードに返答した。

「……おっしゃることは非常に分かります。私もカロージェロが城主のたっての願いで家令の職に就くことになったと聞かされたときは驚きました」

 エドワードは『たっての願い』に眉を動かす。

 そこまで望まれてはいないし誰でも良かった、と言い返したいが言い負かしたいわけではないので言葉を呑み込む。

「副神官長はどうも誤解されているようですが、それを神官長に訴えてもしかたがありませんのでひとまずは置いておきます。そもそも訪れた理由を聞いてはいないでしょうか。最初は教会の改築依頼にいらしたのかと思ったのですが、今の今までシルヴィア様にそのようなことを頼んだことは一度もありません。……では何故? と不審に思いまして」

 神官長は困っている。どうやら理由を知っているようだが、言いづらいのだろう。

「カロージェロを不審に思うのはごもっともです。ですが、今まで彼はここで神官として大きな貢献を果たしております。そして、私も信頼しております。カロージェロが城主様を害することは、神に誓ってございません。ですからカロージェロを信頼してやってくれませんか」

 エドワードはこれで諦めた。

 神に誓っても信頼できない。なぜなら、カロージェロはシルヴィアでなく自分を害そうとしているのだろうから。

 だが、それを神官長に訴えても無意味だ。被害妄想で終わるだろう。


 心配顔の神官長に別れの挨拶をして教会を辞したエドワードは、奥の手を使うことにした。

「あんな奴のために金を使うことになるのは業腹だが……!」

 エドワードは歯ぎしりしつつも手紙をしたため、翌朝、早朝に馬を飛ばして隣町まで行き手紙を出した。

 手紙の宛先は、よく使っていた情報屋。


 エドワードは、以前嵌めた連中や侯爵家の動向をずっと探っていた。

 エドワードは出奔したが怨みを捨てたわけでは決してないし、もっと言うと相手は「自分を怨んでいる」という自覚があるだろう。

 ならば、「仕返しをされるかもしれない」という自覚があるはずだ。

 これが逆恨みならば相手に自覚などあるはずがないだろうが、彼らは無実を訴ええん罪だと主張するエドワードを犯罪者として扱ったのだ。

 エドワードが出奔したことに対して最初は祝杯をあげただろうが、時間が経てば経つほどいなくなった自分から仕返しをされることを恐れる。なぜなら、無実だと知っているから。その恐れは、エドワードを完膚なきまでに破滅させようという計略を練ることにつながるだろう。

 だから、常に動向を探り弱みを探っていた。


 もちろん、今までずっと偽名を名乗ってあちこち放浪してきた。エドワードがシルヴィアとジーナに本名を名乗ったのは、騙す気がなかったとはいえ奇跡に近かった。

 情報屋と接触を持つときに使う〝レージ〟を名乗り、大枚を叩いて情報を取り寄せた。


「……その結果が、コレかよ」

 たいした情報ではなかった。

 カロージェロは偽名だった。だがこれは恐らく記憶喪失というので適当な名前をつけたか持ち物にそれらしき名前が入っていたかというところが妥当なので、問題ではない。

 カロージェロの容姿と年代と救出された時期を照らし合わせたところ、隣国の下級貴族の子息だったようだった。

 ある日、旅行先で野盗に襲われ消息不明になった。大規模な討伐隊が組まれ捜索したが見つからず、死亡したことになっていた。


 この情報を隣国のその貴族に教えたら迎えにくる可能性もあるが、恐らくもう当主は交代しているだろう。今さら戻っても、両親への顔見せくらいだ。どちらにしろ働きに出ることになり、舞い戻ってくるのがオチだ。

 肩透かしをくらった気分になったが……ふと何かが引っかかった。

「……ん? そんななんでもないことで、城塞に来て家令なんかをやりだしたんだ?」

 最初はそんなつもりではなかったのかもしれないが、今では城塞から出ずに働き、城塞の中で就寝している。

 神に祈るのも城塞にある教会だ。たまに町へ下りるが門が閉まり橋が上がった後、教会へ向かうだけだった。


 日中、町の教会にいては不都合。城塞にこもりきり。それは外からの接触を断っているかのようだった。

「……もう少し、調べてもらわないとわりに合わないな」

 エドワードはつぶやくと、再び手紙をしたため出しに向かった。

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