24話 カロージェロに尋ねる

 ジーナは泣きやむと、顔を上げて無理やり笑った。

「どうしようもなかったんです、私も、エドワードさんも。悪意って隠れて潜んでいて、普通の人にはそう見抜けない。でも私たちは一度騙されたから、二度目はないでしょう。それに、お互いに騙された経験者ですから、お互いにカバーしあいましょう!」

 そう言ったジーナに、エドワードは笑顔を向けた。

「確かに。その通りだよ。俺も、あの時は無理だったな。かつての俺をさんざんバカにしてたけど……。そうだよな、普通は見抜けるわけがない。騙された俺たちがバカで悪いんじゃない、騙した奴らが悪辣で卑怯者ってだけだ。だから、もうそんな目に遭わないよう、互いに守ろうな」

 エドワードはそう言うと、キリッと顔を引き締めた。

「で、さっそくなんだけど。あのカロージェロって奴、うさんくさくないか?」


 その言葉でシルヴィアがエドワードにしがみつくのをやめてエドワードの顔をしげしげと見た。

 ジーナは逆にエドワードから視線を外して考え込む。

「……正直、ちょっとそう思います。ただ、それ以上に有能な方なので……」

 なぜ、神官が「家令をしろ」などという言葉にうなずいたのか。

 うさんくさいと思わないわけがない。

 だが、ジーナが言うように有能でしかも人手不足だ。多少のうさんくささには目をつむろうとジーナは考えていた。

 目をつむることができないのはエドワードだ。

 自身の過去のトラウマとしても、シルヴィアの護衛騎士としても、見逃すのは悪手だと心が警告を鳴らしている。


 エドワードとしては、今すぐにでもあのカロージェロという名の神官を叩き出したい、なんならこの城塞都市から追い出したい。だが、うさんくさいという理由では追い出せないのは分かっている。そしてカロージェロの行っている仕事を取り上げて大変なのはジーナになる。

 エドワードが負担して追い出すことができるのなら喜んで負担するのだが、エドワードは都市再生計画であちこち出掛けなくてはならない。そうなると結局、いない間のカバーをジーナがすることになるのだ。

「〜〜〜〜〜〜!」

 頭を抱え込んだエドワードを見て、ジーナはそんなに嫌いなのかと呆れたが、誰にでもトラウマはあると思い直した。……トラウマだけのせいではなく、本質的に二人は合わないのだろうなとは感じたが。

 カロージェロも、エドワードに対して含むところがあるような態度をとっている。通常、エドワードはいないかのような態度でシルヴィアに話しかけているし、稀にエドワードに話したとしても、だいたいが「お前はすっこんでろ」を遠回しな表現で表した言葉だ。


 エドワードが最も懸念しているのは『シルヴィアの隣』という場所を奪われることで、カロージェロはシルヴィアの隣にいるエドワードが気にくわない、だからこそ二人はいがみ合っているのか? とジーナは推測を立てていた。


 翌朝、カロージェロが威嚇するエドワードを無視しつつシルヴィアに恭しく挨拶をすると、

「カロージェロは、どうして家令をやってるですか?」

 と、シルヴィアは唐突に尋ねた。


 エドワードとジーナが絶句する。

 シルヴィアは恐らく昨日の話を受けて自分が解決しようと乗り出したのだろうが、幼女らしい率直さで問いただしたら逆に事をややこしくする……前回の家令の件にしかり、とジーナとエドワードが内心で頭を抱えた。

 カロージェロは不思議そうにシルヴィアを見た。

「シルヴィア様が望んだからですが、どうしてそのようなことを?」

 カロージェロは逆に問い返した。

「私はしんかんが家令をやらないってしらなかったです。でも、今はしりました。だからなんでかってききました」

 カロージェロは、チラリとエドワードを見た。

 とたんにエドワードは、

「シルヴィア様、そういうときは率直に『うさんくさい』と言えばいいのですよ」

 と、笑顔でシルヴィアに助言する。

 カロージェロはピクリ、とこめかみを動かしたが無視をした。

 そして、シルヴィアの前にひざまずいて片手を取る。

「そうですね……。いろいろお話ししたいことがありますが、私を知っていただくのは追い追いとして、一言で理由を申し上げますと、シルヴィア様に感銘を受けたからでございます」

 シルヴィアはボーッとカロージェロの顔を見る。もちろんこれは、難しくてわからなかったからだ。

「カロージェロ様。もう少し砕いた言葉で、私にもわかりやすくお話しいただけないでしょうか」

 ジーナがすぐに助け船を出した。

 カロージェロも苦笑してうなずく。

「申し訳ありません。私は説明が下手ですね……。理由は、そのステッキです」

 シルヴィアが手に持つステッキを指した。

 これには、シルヴィアどころかジーナもエドワードですらも意味がわからない。

「そのステッキは、以前私が持っていました」

 シルヴィアが目をみはった。

 ジーナとエドワードも、声を出さずに驚く。

 三人の脳裏には、あのキラキラとした魔力の光が思い浮かんだ。

「そのステッキは、スキルと魔力を制御するのに苦戦していた少年期の私に、神官長が服飾店に頼んで取り寄せてくれたものです。……ですがそのステッキ、なかなかのクセモノでして……。私には制御出来ませんでした。ですが、せっかく取り寄せていただいたものですし、モノはとても良いのです。縁のある方がいたら譲るのはどうだろうと服飾店にお返ししたのですが……。まさか、シルヴィア様が手にされるとは思いもしませんでした」

 感嘆するような声は演技とは思えず、本当に感心しているようだ。

 ジーナは心配になってカロージェロに尋ねる。

「制御……とは? シルヴィア様が危険なものを持つのは侍女として看過できません」

 その言葉を聞いたカロージェロは、ジーナをじっと見た後深く頭を下げた。

「……それは、そのステッキを持った者にしかわからないでしょう。〝制御が難しい〟の一言に尽きるのです」

 エドワードも、カロージェロへの反感は一時棚に上げてシルヴィアを不安そうに見た。

 危険なものならへし折る……というかカロージェロが以前持っていたという時点でへし折りたい、という思いでステッキをどうするか考えていたら、シルヴィアが口を開いた。

「ん。だいじょぶです。わかりました」

「「え? 何が?」」

 ジーナとエドワードが声をそろえてツッコんだ。カロージェロも内心そう思ったが、口に出すのはギリギリ押しとどめた。

 シルヴィアは二人を見る。

「この杖は、私とおんなじです。魔力をすって、魔力をはくです」

 三人は声もなく驚いた。

「だから、すってはくのを教えればいいです。私はいだいだから、教えてあげたのです!」

 ドヤァ! と言わんばかりに胸を張ったつもりで腹を突き出したシルヴィア。

 ジーナはもちろんエドワードも感嘆した。

「さすがです! シルヴィア様!」

 ジーナが褒めたたえると、シルヴィアはますます腹を突き出す。

 エドワードはかわいいな、と二人を微笑ましく見ていたら同じ顔でカロージェロが二人を見ていたことに同時に気づき、同時に顔をしかめた。

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