23話 ジーナ、過去を語る

 落ち着いたエドワードが、今度はジーナに話を振った。

「俺も恥ずかしい話をしたんだ。ジーナも聞かせてくれるよな?」

「え゛っ」

 ジーナが慌てた。エドワードに比べたら自身の語りは大した話ではない。確かに最初は聞いてほしいと思っていたが、今の話のあとではちょっと話しにくいと思った。

 だが、エドワードはニコニコしつつ『お前も話せ』の圧をかけてきた。


 ジーナは肩を落とすと、腹を決めて話し始めた。

「……始まりは、幼いころ両親と旅行に出たところからです。帰り道、事故に遭いました。たくさんの人が死んで、生き残ったのは私だけでした。そのとき、事故に遭った近くの町の方々が救出作業をしてくれて、救出された私はそこの縫製工房の親方家族のところでお世話になることになったんです」


 ジーナは目をつぶる。

 旅に出たのはせいぜい数ヶ月前だというのに、もう何年も昔の出来事のようだ。あまりにいろいろあって、そして今が充実しているせいだろう。


「……私たち家族は父の勤めていた役所の寮に住んでいましたから、その事故で私は両親も住む家もすべてを失ってしまいました。ですから、助け出してくれて、後始末をしてくれて、手を差し伸べてくれたその工房の親方夫妻に深く感謝していました。……最近までは」

 ジーナが目を開くと、エドワードは真剣に耳を傾けているのが見えて、微笑んだ。


「わかってなかったんです。子どもだったから。……しばらくしてから、叔父が、父の職場だった方に事故の連絡を受けた、と言ってやってきました。叔父は、私を引き取ると言ってくれました。そして、私の扱いを見て親方夫妻に憤慨していました。私が、うわべの優しさに騙されて、すべてを奪われこき使われていたのがわかったからです。そのときの私は子どもで、それがわからなくて、親方夫妻とともに叔父を追い返してしまいました」


 ジーナは、この話を思い出すたび、叔父に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 いつか叔父がここにやってくることがあったら、そのときは誠心誠意謝罪しようと心に決めた。


「曇った私の目が覚めたのは、親方の息子さんが婚約したときです。彼も親方夫妻も、私と彼の結婚を望んでいるような口ぶりだったのに、蓋を開けてみれば彼はお金持ちのお嬢様と婚約しました。さらに、私には『結婚せずにこの家にずっといればいい』と――つまり、ずっと奴隷奉仕しろということを言ってきました」

 ジーナは語尾が震えだしたのに気がつくと、ゆっくりと深呼吸しました。

「しかも、彼は婚約者の前で私を囲うような発言をするのです。――私は、そんなことを望んでいないのに。だから私は、彼の婚約者の手を借りて逃げ出しました。そして、今ここにいます」


 親方夫妻は、ジーナに黙って、さもジーナの望みであるかのように周りに吹聴しながら両親の形見をすべて処分した。


「早くうちになじんでほしいから」

「下手に思い出の品なんてあったら思い出してしまうだろうから」


 そんなふうに言われて、必死に気に入られようとしていた私はうなずくしかなかった。売り払われたそれらがいくらしたのか、両親や私が貯めていた貯金はどうなったのか。

 そんな疑問は全部蓋をしていた。


 エドワードは思いもかけない話に目を白黒させていた。想像以上にハードモードな人生だったので、なんといっていいかわからない。

 困っていると、ジーナがエドワードを見て笑った。

「いいんです。私、両親と事故に遭ってなかったらとは思うけど、今のこの環境にも満足しています」


 両親と事故に遭わなかったら幸せだったろうか? ――それはわからない。笑顔の裏の悪意はどこにでも潜んでいる。もしかしたら違う悪意が待ち受けていたのかもしれない。

 だから、『たられば』であの時の不幸を嘆かない。


 ジーナは努めて明るく言った。

「――と、まぁ、そんな感じです。エドワード様と違って牢屋に入れられてはしないんですけど、監禁されかかったので逃げて、逃避行中にお二人に声をかけたんです。あれが私の人生の分岐点でした!」

 ジーナは握りこぶしを作った。


 エドワードはどうしようか悩んだが、しがみついているシルヴィアを抱きかかえると立ち上がり、ジーナの横に座った。

「? どうしたんですか?」

 ジーナが戸惑うと、エドワードはポンポン、とジーナの頭を軽く撫でる。

「今までよく頑張った。大変だったろう。俺にはその苦労はわからないけど……。でも、俺たちは仲間だから、ジーナの努力が報われたらいいな、って願ってるよ。それと……。これからもよろしく。俺とジーナは確定でシルヴィア様に一生仕えるからな」

 エドワードの優しい瞳を見ながら、ジーナは泣き出した。


 ずっとつらかったのかもしれない。でも、あのときはあの選択しか考えられなかった。心配してくれた叔父についていく選択も、親の遺産を取り返して一人孤児院に行くか働きに出るかの選択も、あのときは出来なかった。だって、楽しかった旅行の終わりに両親がいきなり奪われたのだから。

 ずっと続くはずの平穏からいきなり放り出されて、甘い言葉に騙されない子どもなんていない。目が覚めただけ良かったんだ。

 そう考えたら、より心の重荷がとれた。

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