22話 エドワード、過去を語る

 カロージェロは、家令としての部屋を与えられたが「神に祈りたいので祭壇を入れてもよろしいでしょうか」と伺いを立てたところ、シルヴィアがそれならと教会を改築した。

 教会自体はこぢんまりとしているが、必要最低限はそろっている。

 カロージェロは大げさに礼を言い、また指先に口づけしたのでエドワードが怒り狂った。


 ジーナは呆れる。

 エドワードは過剰に反応しすぎだ。カロージェロが来てからというもの、シルヴィアのそばを離れず、彼が近づけば激しく威嚇しているのだ。

 それは、まるで何かを恐れているようだった。

 城塞内の修繕が進んだので、エドワードは改築された隣室で休んでいたのだが、カロージェロが来て以来、また一緒に寝るようになってしまったし、剣は片時も離さない。


 夜、ジーナは思い切って尋ねてみた。

「エドワード様、どうしたのですか? 何か不安があるのでしたら、頼りにならないかもしれませんが私とシルヴィア様にお話しください」

 エドワードが驚いてジーナを見る。ついでにシルヴィアも驚いて、ジーナとエドワードを見比べた。

 ジーナはシルヴィアの様子に内心苦笑しつつ、さらに言った。

「シルヴィア様はエドワード様が常におそばにいらっしゃるのを喜んでいますが……それはそれ、エドワード様ご自身がつらそうです。話していただくだけでも不安が多少取りのぞけるかもしれません。……私自身、聞いていただきたいことがあります」


 エドワードはジーナをまじまじと見つめ、ふっと力が抜けたように笑った。

「すまない、心配をかけたようだな。……そうか、様子がおかしかったか」

 エドワードは頭をかくと、ソファに座るように促した。

「……ちょっと、警戒し過ぎてた。また、嵌められるんじゃないか、ってな」

 、という言葉をジーナは聞き逃さなかった。エドワードはそれがわかり、組んだ指を見つめながら自身の過去を語った。


「俺は元侯爵家の次男で、騎士団にいたんだ。第三王子の護衛騎士だった。……あの頃の俺は他人を顧みず、表面ばかりの賞賛で有頂天になっているようなバカだった。で、妬まれていることがわからず、親友だと思っていた男に陥れられたのさ」

 ジーナが息を呑んだ。

 シルヴィアは、『第三王子の護衛騎士だった』と『陥れられた』、という部分だけは理解できたので眉根を寄せる。

「だから、あのうさんくさいエセ神官を警戒してる。何を企んでいるのか、ってな。奴のあのツラなら、ジーナやシルヴィア様をたぶらかすのは簡単だろう。そこから警戒してる俺を嵌めて追い出し、食い潰す気かも、って考えてる」


 うつむきながらここまで話し、エドワードが顔を上げたとき、見事なふくれっ面をした二人の顔が目に飛び込んできて目を丸くしてしまった。

「お、おい? なんでそんなふくれっ面……」

「見くびらないでください!」

 ジーナはビシッと指を突きつけた。

「私はシルヴィア様に一生をささげているんですよ!? それなのに、たぶらかされるワケないじゃないですか! そんな軽い気持ちでシルヴィア様に忠誠を誓ったわけじゃありません!」

 ジーナが怒って言うと、エドワードは衝撃を受けた。

 それは、エドワードも同じ気持ちだからだ。


 一度裏切られた。もう信じられないと思った。

 だけど、もう一度だけ信じてみようと思った。

 軽い気持ちじゃない。だから、居場所を奪われたくないし、過剰に反応してしまったのだ。


 エドワードがジーナに謝罪しようとしたとき、シルヴィアがエドワードに飛びついて、木に留まる蝉のようにエドワードにしがみついた。

「エドワードは、契約したです! だから、私といっしょ! ずっといっしょってやくそくしました!」

「え? あ、うん。そうだけど」

「第三王子のごえいきし、ダメです! 私のごえいきしです! 私をまもるんです! はめられたのなら、いらないしてください! 私のごえいきしです!」

 叫ぶシルヴィアをエドワードは無意識で撫でた。

 そして、肩から力を抜いてため息をつく。

「もちろん、いらないしましたよ。二度と第三王子の護衛騎士になるなんて御免です。俺は、シルヴィア様の護衛騎士ですから」


 ジーナはシルヴィアの様子を見て、合点がいった。

「あぁ、シルヴィア様こそエドワード様に不安を感じていたようですよ? だから、念押しされたんじゃないですか。『本当にずっと一緒にいるのか?』って」

「え」

 なんで? って思いつつ、しがみつくシルヴィアを見下ろした。

 不安にされるような態度はしていなかったつもりだが、確かに虫のようにひっつきしがみついて離れないシルヴィアは、エドワードに不安を感じさせていたとわからせた。


「……えーと、シルヴィア様。俺、何か不安にさせましたかね? 俺だってジーナと同じく、そんな軽い気持ちでシルヴィア様に忠誠を誓ったわけじゃないんですけど」

「…………」

 何も言わない。シルヴィアは、自分の感情が説明出来なかった。


 シルヴィアにとって、ジーナは安心するのだ。いつも優しくて、離れても必ず戻ってきてくれて、今日あったことを話してくれる。今日あったことを聞いてくれる。「ずっと一緒にいましょうね」と言って髪を撫でてくれる。

 エドワードはいつも一緒にいるけど、いつも忙しくて、いつも他の人としゃべっている。よく怒られる。見放されないか心配で、いつか離れていってしまいそうな気がする。契約したのは、不安だったから。そうじゃなければいなくなってしまいそうだ。


「シルヴィア様。騎士の誓いはそう簡単に覆されません。第三王子は、私を捕まえ牢屋に放り込んで縁も誓いもぶっつりと断ち切ってきました。……シルヴィア様がそんなことをなさらない限り、騎士の誓いは断ち切れませんよ」

「…………それでも、そうしても無理です。契約しました」

 シルヴィアがぼそぼそと答えるとエドワードが笑う。

「じゃ、本当にどうやっても無理なのか。俺も安心しました。シルヴィア様、私を生涯あなたの護衛騎士として仕えさせてください」

 シルヴィアは、無言でうなずく。だが、しがみつくのはなかなかやめなかった。

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