21話 神官がやってきた
シルヴィアが内心オロオロとしつつ、どうしたらいいかをエドワードに相談しようと考えていたとき来訪者があった。
「はじめまして。城主様におかれましては、大変ご活躍のことと伺っております」
柔和な声で挨拶しエントランスの扉の前に立っているのは、ベールをかぶった神官だ。
使用人が応対し、ジーナ経由でエドワードとシルヴィアが呼ばれた。
エドワードは、あからさまに眉をひそめている。いつも人当たりのよいエドワードの、思いもかけない反応をいぶかしみつつ、ジーナは神官に用向きを尋ねた。
「神官様におかれましては、どのような用件でこちらにおいでいただいたのでしょうか」
神官はスルリとベールを取る。
「「…………!」」
その神官は、ジーナはもちろん男であるエドワードですら息を呑むほどの美貌だった。ちなみにシルヴィアは美醜がわからないため無反応だ。
艶然と表現するような笑顔で神官が名乗る。
「私の名はカロージェロと申します。噂の城主様にぜひともご挨拶を申し上げたく、さらには何かお役に立つことがあれば、と考えましてお伺いいたしました」
呆けていたジーナが我に返ったのは、エドワードの冷然とした声でだった。
「そうですか。徒労に終わらせて申し訳ありませんが、神官様のお手を煩わせるような用はございません。こちらも多忙の身ですので、お帰りいただけると非常に助かります」
ジーナはエドワードの物言いに絶句してエドワードを凝視し、シルヴィアはエドワードとカロージェロをキョトキョトと見比べている。
カロージェロはその笑顔をエドワードに向け、ニッコリ、と音が出るような笑顔で返した。
「貴方に向けての言葉ではありませんよ、護衛騎士殿。私は、城主であるシルヴィア・ヒューズ様に向けてご挨拶したのです」
すっこんでろ、を丁寧な言葉で言われたエドワードは、カロージェロに負けないほどの蕩けそうな笑顔を向けて言った。
「シルヴィア様に集るろくでもない虫を追い払うのも、護衛騎士の役割ですから。どうぞ、お引き取りをお願いします」
ゴゴゴゴ……と音がしそうな雰囲気で、異なる美形の二人が笑顔で舌戦している。
空気が読めるジーナは、即座に理解した。
(あ、同族嫌悪だ)
と。
空気は読めたが、今後の展開に頭を悩ませる。
穏便にお引き取りいただきたいのはジーナも同じだ。
うっかり廃教会を見つけられて、「神を奉る建物なので大至急改築をお願いしたい」などと言われたらたまったものではない。
美貌の神官がここに来たのは、言葉通り「何か役に立てないか」を聞きに来たのでは絶対にない、という確信が持てる。
むしろその反対、教会への無心や改築を頼みにきたに違いない。その貌で乞い願えば、だいたい了承を得てきただろうしその実績からここに派遣されたのだと、ジーナは冷静に考えた。
初対面の美形に惑うほど、ジーナは順風満帆な人生を歩んでいなかった。
だが、押し売りに来た神官を無下に追い返せるほど人生経験を積んでもいない。
頼りのエドワードはもう喧嘩腰になっていて、穏便とはほど遠い。
(どうしたらいいの……?)
と、頭を抱えたくなったとき、シルヴィアが口を開いた。
「用はあります。てつだえるですか?」
空気を読まないシルヴィアの発言が、全員を凍りつかせた。
エドワードとジーナが内心慌て、どうフォローしようかと考えていたときにいち早く口を開いたのはカロージェロだった。
「もちろん、私に出来ることでしたらなんなりと」
「「待っ……」」
エドワードとジーナが異口同音に発したとき。
「お手伝いさんたちに命令するひとがいなくて、ジーナがたいへんなのです。だから、お手伝いさんたちに命令して、お仕事をじょうずにさせるようにしてほしいのです」
と、シルヴィアが訴えた。
この発言に、三人が絶句した。
エドワードはそうきたか、と思ったし、ジーナは感激で胸がいっぱいだった。
「シルヴィア様……」とつぶやき、祈るかのように胸で両手を握りしめている。
カロージェロも、そんなことを言われるとは考えてもおらず、しばし呆然としてしまった。
エドワードは、面白そうにカロージェロを見た。
シルヴィアは、神官に『家令をしろ』と言っているのだ。実際、現在足りてないのは家令だ。神官なんかいらない。神への説法を説く暇があるなら使用人たちに指示を出せ、ってことだ。
カロージェロはあごに手を当て、しばらく思考する。
少しして顔を上げると、シルヴィアの前でひざまずいた。
「それが貴方の望みなら、そうしましょう」
女性のみならず男性さえも蕩けそうな恭しい顔でシルヴィアを見つめながら言った。
エドワードが固まる。
「待っ……」
止めに入ったが、カロージェロはシルヴィアの手を取り指先に口づける。
「わが君。神に仕えることは許していただきたい。それ以外は貴方の手となり足となりましょう」
シルヴィアは首をかしげた。難しい言い回しで理解出来なかったのだ。
ジーナは(あ、わかってないな)と即座に理解し通訳しようとしたとき、エドワードが思いっきりカロージェロの手を払いのけ、シルヴィアを背にかばった。
「シルヴィア様! あのスケコマシにたぶらかされないようにしてください! その手はすぐ洗いましょう、不潔です」
ジーナは呆れたが、エドワードの過剰な反応に少し驚いた。
もっと驚いたのはカロージェロの距離の詰め方だが。神官なのに、なぜシルヴィアに仕えようと思ったのか。集りにしてはやりすぎだ。
「きたなくないです。それに、これでジーナが大変じゃなくなるです。とてもよかったです」
そう言ってドヤ顔をしているシルヴィアに、エドワードは反対できない。
神官がなんで家令をやるんだとか、家令はもっとふさわしい奴がいるとか言いたいが、現在大変なのはジーナで、それにシルヴィアは心を痛めていたのだ。どうにかしてやりたいと思い、シルヴィアが解決した。褒めてほしいと思っているだろう。
エドワードは、どんな手を使ってでも家令を用意すれば良かったと歯ぎしりしたくなるほど後悔したが、内心の葛藤で詰まりながらもシルヴィアを賞賛した。
「さすが……シルヴィア様、です……。素晴らしい、采配…………ですね」
「私はいだいです」
フンス、と胸を張ったので、エドワードは終わった、と思った。
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