20話 馬車と家令がほしい

 馬車を買おうとしていたエドワードだったが、現在のところ建築系の工房はどこも手一杯だった。

 一気に都市再生計画が進んでいて、シルヴィアが手がけない部分や手がけた結果修繕が必要になったもの、それらの注文が相次いで悲鳴をあげている状態だったのだ。

「参った、しかたないから隣町に行って買ってくるか。けっこう栄えてたから工房もあるだろう」

 そうつぶやいて頭をかくエドワードの裾を、シルヴィアが引っぱった。


「ん?」

「私がつくります」

「え?」

「私がつくります。材料はちょっとかいたすです」


 エドワードはどうしようか悩んだが、橋や水路を作るよりは楽だろうし、そもそもが城塞の改築もシルヴィアが行っている。都市全体が活性化してきているせいもあってか、魔力にかなり余裕があるので頻繁に魔術を使っても、もう倒れるようなことはなかった。


 ただ一つ問題なのは。

「シルヴィア様。馬車ってどのようなものかわかってます? いや、メイヤーの所持している馬車に乗ったので知っているでしょうが、仮にも城主で公爵家の馬車なので、もっと大きくて立派なのが必要なのですよ」

 あまり大きいと馬が引っぱれないだろうが、ある程度の絢爛さは大切だ。


 エドワードが困っていると、シルヴィアは胸を叩いた。

「私はいだいです。だから、よゆーです」

 シルヴィアを見たエドワードは、乗れればいいや移動手段がほしかっただけだし、と諦めた。


 シルヴィアの乞われるがままに材料を注文し、届いたそれらを厩舎の近くにあった納屋に運んだ。

 エドワードは、納屋を覗いて納得した。

「……なるほど。ある程度はあったんだな」

 埃を被り劣化しているが、鞍や手綱、他にも馬車らしきものや荷車もあった。

 これをシルヴィアの魔術で甦らせることは出来るが……。


 シルヴィアが、やたらめったら張り切っている。

 フンスフンスと鼻息高らかに、旅を共にした荷車を持ってきていた。

「シルヴィア様。水を差すようですが、この中を魔術で甦らせれば馬車は手に入ります」

 と、エドワードが言ったが聞き入れない。

「いきます! 『あるじにふさわしい馬車となれ――【改築リノベーション】!』」

 シルヴィアが荷車をステッキで叩く。

 ……荷車が馬車って、もはや改造では、とエドワードがなげやりにツッコみつつ、荷車を見守った。


 材料を呑み込み出来上がったのは――エドワードも舌を巻くほど絢爛な馬車だった。

 シルヴィアは、満足げに馬車を撫でつつ言った。

「ずっと一緒にいたので、これからも一緒にいるです」

「…………。そういえば、そうでしたね」


 エドワードは、そうか、こういう人だったなと思い微笑んだ。

 今でも旅を共にした家畜に愛情を注ぎ、必ず自ら餌をやり声をかける。

 エドワードとジーナに関しても。一緒にいることを受け入れた。

 手に入れたものを慈しみ大切にする人だ、そう信じたからこそ仕えている。

 ――あの人のように、簡単に嘘を信じて捨てる人ではない。


 シルヴィアはついでのように納屋も修繕した。

 馬車は、恐らく使用人用なのだろう。シルヴィアが作ったものよりも質素だった。

 だが、鞍や手綱は町で買い求めたものよりも上質だったので、こちらを使うことにした。

 特に馬具はけっこうな数があった。以前、城主が在任していた当時はそれなりの兵士が駐屯していたのだろう。

 自給自足が出来るほどの駐屯地……恐らく当時は隣国と戦争していたんじゃないかとエドワードは考える。


 だが現在、隣国とは和平協定を結んでいて我が国の友好国の一つだ。

 さらには、かつて戦争をしていたという歴史を聞いたことがない。恐らく、小規模な争いか隠さなければならない歴史だったか……。簡単には判明しないだろう。

 その歴史が知られてはいけないとしたら、橋が落とされた理由はまさにそれだからだ。


          *


 修繕が一段落し、エドワードとジーナとシルヴィアはこれからのことを話し合うことにした。正確には、エドワードが提案した。

「こっちは落ち着いたけど、ジーナはどうだ? 一人きりでやらせてしまって申し訳なかったが、これからは手伝えるよ」

 ジーナはシルヴィアの世話をしながら答える。

「そうですね、城塞の修繕に関しては最低限進んでいます。全体の割合からすると二割でしょうか。ですが、使用しないと思われる箇所が半分くらいあるので、それを考えると半分弱ですね」

「使用しない箇所って?」

「たとえば教会です。町に立派なのがありますし、修繕して神官を呼び込むほど必要に迫られることがあるのかな? って」

「確かに要らないな」

 エドワードもジーナも信心深くなかった。シルヴィアに至っては、教会に行ったのはスキルと魔術判定のときの一回限りだ。

「他にもいくつか工房らしき施設があるのですが、現在は使う人がいないので後回し……というよりもそういった人を呼び込むことがあれば修繕すればいいかなと考えています」

 ジーナの言葉にエドワードはうなずいた。


 ちなみにシルヴィアは聞いてない。果物を食べて手と口をびちゃびちゃにし、ジーナに濡れ布巾で拭われている。


「使用人の雇用ですが、ギルドと妥当な給与を相談して求人を出しています。けっこう集まっているので……シルヴィア様、そのうち面談をお願いしますね?」

「ん」

 拭いたそばからまた果物を食べ、べしょべしょにしながらシルヴィアはうなずいた。


「特に料理人の雇用は急募です! いつまでも騎士であるエドワード様に作っていただくわけにもまいりませんし、これから人が増えたら大変ですし! 最優先で募集をかけています」

 ジーナが熱く語り、エドワードは苦笑した。


 ジーナはシルヴィアの比ではないほどに料理が作れない。器用敏捷のスキルはドコ行った、というくらい壊滅的だ。

 小さい頃からあの家でいろいろな手伝いをさせられてきたが、料理だけは免除された……それくらい壊滅的だった。

『栄養が足りていれば味は二の次』がシルヴィアの腕前ならば、『食べたことを激しく後悔する』のがジーナの腕前だ。

 エドワードは別に作るのを苦にしているわけではないしうまいうまいと食べてくれるのなら作っても良いのだが、確かに多忙の時に今日の夕飯と明日の朝食の献立を考えるのは億劫なときがあるので、料理人を雇用してもらえるのなら助かる。


 そこまで話したジーナがため息をついた。

「……問題は家令です。ギルドで『必要だ』と諭されましたが……経験者が見つかりません。私が仮としてやっていますが、若すぎるので使用人によっては問題が起きるかもしれないと言われました」

 ジーナの言葉にエドワードも詰まる。


 家令は世襲制とまではいかないが、見込みのある者が経験を積み年齢を重ねてからなる。その家の司令塔だ。

 少女が城塞の家令……となるにはかなり無理があるだろう。

 ぶっちゃけ、誰も城塞を詳しく知らないしエドワードとジーナだって新参者なので誰でもいいと言えばいいのだが、信頼のおけない者を家令にするのは言語道断だ。

「……うーん。しばらくは保留にしよう。メイヤーにいい人がいないか相談してみるよ」

 エドワードもそれ以上のことは言えなかった。


 使用人の面談を行い、あらかた採用する者も決まった。

 料理人に関しては、実際に調理をしてもらい、エドワードが料理の見栄え、シルヴィアが味を判定し、決めた。

 全員住み込みだが、使用人の宿舎はすでにシルヴィアによって改築されているのでそこの問題はなかった。


 問題は、ジーナが新たに雇った使用人たちにつきっきりになってしまったことだった。

 全員が慣れない中で東奔西走するジーナを見て、シルヴィアとエドワードは家令の必要性を痛感した。

 とはいえ、そう簡単に見つからない。


「私を含めて、慣れれば落ち着きます。今、大変なだけです」

 ジーナは心配する二人をなだめるように笑顔で言った。

 実際のところは、から元気で言ったまでで本音はそうとう大変だった。だが、二人に心配をかけたくない一心で頑張っている。

 それともう一つ、『役立たず』と見放されないためのジーナの見栄でもあった。


 住民全員から一気に尊敬の念を集めた魔術の遣い手であり、かつ公爵令嬢でもあるシルヴィアの侍女として一生仕える、と、そう決めた。

 だが、同じく一生仕えると誓ったエドワードは、元貴族で剣術はもちろんのこと話術も得意で、お偉方との交渉もスマートにこなし、料理も得意。つまりはなんでもそつなくこなす万能タイプなのだ。

 縫い物しか取り柄のない自分が二人についていくには相応の価値を出さなければならないが、自分はあまりに無能だ、ジーナはそう思っていた。


 実際のところ、ジーナは卑下するほど無能ではなく、むしろ侍女としても家令としても及第点だった。

 器用敏捷スキルは伊達ではなく、エドワードが経験と努力を重ねて覚えたものをすんなりと覚えこなしていっているし、工房で指示していた経験から、指示も的確で現場の混乱を最小限に抑えている。

 足りないのは年齢と経験だけだ。


 だが、その年齢と経験が現在大きな壁となってジーナに立ちはだかっている。

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