12話 ジーナの想い、エドワードの想い

 翌朝。

 ジーナは目を覚ますと、スピースピーと寝ているシルヴィアを見て声を立てず笑い、そっとベッドから抜け出した。

 すでにエドワードは起きているらしい。部屋にはいなかった。

 昨日は慌てていたし台所だけは綺麗にしないと、と思い掃除に明け暮れていたのであまり見られなかったが、この部屋は平民には見たことないどころか想像ですら思い浮かばないほどに豪華だ。ジーナは落ち着いたらじっくりと見て回りたいと思っていた。


 顔を洗って身支度をした後そっと部屋のあちこちを見て回り、最後に窓を開けてベランダに出た。


「うわぁ……」

 眼下は崖。目の前に広がるのは海だった。朝日を受けてキラキラと輝いている。

 さわやかな風が吹き抜ける。ジーナは海を見たことがないため、感動した。


「……叔父さんについていけばよかったのに」

 ポロリと言葉が出てきた。

 事故であの家にひきとってもらい、そこからは閉じこもりただひたすら縫い物をする生活で、本当に世間を知らなかった。

 今回、シルヴィアとエドワードと旅をして、知らないことをたくさん知れた。こんな感動するような景色を見ることが出来るのなら、叔父についていって旅をしてみたかった。馬車も、シルヴィアが倒れたことで乗れるようになってしまったのだ。叔父についていってなんだかんだ苦労を重ねれば乗れるようになっていたのだろう。


 そう考えると涙がにじむ。何もかも愚かで臆病だった自分が招いたことだ。……だが、シルヴィアに会えた。それは僥倖だった。

 シルヴィアに仕えて、これからこの城塞で暮らしていこうと決意を固める。


 ふと、横を見るとエドワードが立っていた。

「素晴らしい景色だな」

 エドワードが海を見ながら言った。

「はい。……エドワード様も見たことがありませんか?」

 ジーナは、エドワードが平民ではないことを感じとっていた。


 実際エドワードは勘当されたので平民なのだが、一緒にいれば元が貴族なのがわかる。いくら粗野にふるまっていても、所作の端々に優雅さが出ているのだ。最初は騎士だからと思っていたが、それだけではないのもなんとなくわかってきていた。


 エドワードも、シルヴィアといるとちょいちょい貴族時代の所作が出るので、まぁわかってしまうだろうなと苦笑する。

「呼び捨てでいいよ。今は平民だ。――こんな美しい景色をこれからも眺められるとなると、来て良かったって心から思えるな」

「はい!」

 強く同意するように、ジーナが元気よく返事をした。


          *


 エドワードは、日の出前に起きだして訓練を再開することにした。

 いつまで〝シルヴィアの従者ごっこ〟をやるかはわからない。だが、城塞まで来てしまった以上、それなりにしておかなければならない。今の状態では破落戸にも負ける程度だろうから。

 最初に入ってきた裏門で稽古をしようと向かい、ついでに家畜たちの様子を見に行く。


 ……だいぶ頑張ったらしい。地面がひどいことになっていた。

「まずは片付けだな」

 むしられた草を一箇所に集める。

 家畜たちは寝ているようだった。仲良く集まって寝転んでいる。シルヴィアの魔術のせいかもしれないが、仲が良いなと思った。あと、泥だらけなので起きたら洗わないとだな、とも思った。


 気を取り直して訓練を始める。

「鈍ってるな……」

 まるで動けない自分を自覚しつつ、それでもひさしぶりに訓練を楽しんだ。……あぁ、やはり身体を動かすことは嫌いじゃない。というより好きだ。


 ……そうだ、雑用を引き受けていたのは身体を動かすことが好きだったからだ。嫌じゃなかったから、大したことをやってないのに礼を言われるから引き受けていたんだ、ということを思い出した。

 今、料理を引き受けているのは、シルヴィアがバカの一つ覚えみたいに言う褒め言葉を聞きたいからだ。たったそれだけだった。


 バカな男だなと自嘲するが、なぜか晴れやかな気持ちになった。

「……別に、恨むほどのことじゃなかったか」

 親友だと思っていた男に陥れられた。周りは自分を利用していただけだった。それがどうした? そもそもエドワードという男は、他人に何も期待していなかっただろう?

 感謝されて気持ち良くなりたいからやっていただけだし、親友と思っていた男は俺を褒めたたえるのに嫌気がさしたんだろう。そして、どうせあれがどんな罪であろうとも父は侯爵家の名誉のため揉み消した。

 ただそれだけだ。


 稽古を終える頃に家畜たちが起きだしたので、終わったあと家畜たちを水場で洗った。ついでに自分も軽く汗を流し、着替える。

「エサはちょっと待ってろ。シルヴィア様じゃないと用意できないから」

 これだけむしったのだから魔力は回復しているだろう……たぶん。だが、今後はなるべく使わせないようにしよう。食事は町で買い求めればいい。近くに町があればそこで買い、なければちょっと遠くなるが手前の町がある。


「城主となったからには、少なくとも城下の町や村の税収は納めてもらえるはずなんだが」

 果たして町があるのか、そして、今まで無税だったとしたらいきなり税を徴収するといって受け入れられるのか。

 考えることもやることも山積みだな、と思いつつ今度は朝食を作りに厨房へ向かった。

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