2章 入城

10話 幼女、城塞に言うことをきかせる

 三人はいよいよ城塞付近まで来た。

 もう、視認できるほどの距離だ。


「……かなり大きいな」

「あんなに大きかったら、誰か住んでるんじゃないでしょうか。……私、雇ってもらえるかな……」

「シルヴィア様は城塞の城主に任命されているし、書類もある。権限はシルヴィア様にあるよ。せっかくだからシルヴィア様付の侍女、って設定でいったらどうだ? ちなみに俺は近衛騎士の設定でいかせてもらう」

「あ、じゃあそうします! よろしくお願いしますね!」


 ジーナとエドワードは不安で饒舌になっていた。

 それほどになかなか立派な城だったのだ。


 途中の林の手前、道が二手に分かれている。

 一方は林に入り山林を登る道のようだ。

 一方は迂回している。

 道の方向としては、山林へ行く道が城塞へのコースのようだった。

「うーん……。方向としてはあっちかな?」

「そうですね、道の先にお城がありますし」

 シルヴィアは首をかしげていたが、

「じゃあ、あっちいってみます」

 と、二人の意見を尊重して山林への道を歩き始めた。


 山林を抜けると、確かにそこには城塞があった。

 だが、大きく壕があり、かなり離れている。

 ……壕というより、崖の向こう側に砦を築いたようだ。

 さらに問題なのが、跳ね橋が上がっていることだ。


「なんで跳ね橋が上がっているんだ?」

 エドワードは首をかしげたが、「あ」と思い至った。

「途中の分かれ道は、曲がるのが正解だったってことか。こっち側は非常時以外使われていないんだろうよ」

 自問自答したのち、考え込んだ。

 ……そうなると、また来た道を戻り迂回して正面にいかないといけない。かなり遠回りになりそうだ。


 ジーナは放心したように城塞を見上げていたが、困った顔でシルヴィアを見る。

「……遠回りになるけど、そっちから行くしかないんでしょうね……。この跳ね橋を下ろす人はいないんでしょう? 渡れないのなら跳ね橋が下りている門に行くしか方法がないもの」

「跳ね橋をおろします」

 シルヴィアは懐に手を入れると、紙を取り出し、城塞に見せるように掲げた。

「『私は城塞のあるじです。あるじにしたがい、跳ね橋をおろしあるじを中にまねきなさい――【所有オーナー】』」


 すると、城塞が陽炎のようにゆらめく。

 ゆらめきが収まると、ゆっくりと跳ね橋が下りてきた。


「へ!?」

 ジーナは驚いて跳ね橋を見つめる。

 エドワードはシルヴィアと城塞を交互に見た。

「中に警備兵がいて、お前のその書状が見えたから下ろした……ってワケじゃないよな? 魔術か?」

「生活魔術です。城塞のあるじは私だと、城塞におしえる魔術をつかいました」

 エドワードは呆れた。

「マジかよ……」

 なんでもアリだなこのお嬢様は、とエドワードは思った。


 跳ね橋が完全に下りて門が開くのにエドワードとジーナは見とれていたが、ドサッという音に驚きそちらを見ると、シルヴィアがひっくり返っていた。


「「シルヴィア様!」」


 エドワードが慌てて抱きかかえると、シルヴィアはエドワードにしがみついた。

「…………はじめて魔力がきれました」

「…………そりゃあ、こんな大魔術を使ったら魔力切れを起こすよな」

 エドワードはつぶやくと、シルヴィアを抱き上げた。

 ジーナはオロオロして、シルヴィアの背をさすったりしている。


 エドワードは城塞の門の先を睨みつつ、シルヴィアに尋ねる。

「シルヴィア様。安全を確認できないままですが……中に入りますか?」

「うん」

「……申し訳ありません。素手でシルヴィア様を抱えたまま守り切れる自信がありません。荷台に乗せても構いませんか?」

 エドワードが言うと、シルヴィアはうなずいた。


 シルヴィアを乗せ、エドワードは慎重に跳ね橋を渡り始めた。

 陰から様子をうかがったが、なんの気配もない。


 ――本来なら中の安全を確認してからシルヴィアを中に入れたい。

 だが、音がして振り返ったら、荷馬車は跳ね橋を渡ってきてしまっていた。

 それに……跳ね橋が下りた以上、もしも中に誰かいたら気がつくだろう。

「……その、城塞にシルヴィア様が主だとわからせたって魔術の効き目を信じるしかないか」

 もしも主以外がいたなら、城塞は主の安全に配慮するだろう。してほしい。

 門を潜ると、跳ね橋はまた上がり、門は閉じていった。


 ジーナはシルヴィアの容態を心配するあまり、荷馬車に乗れてしまっていた。

「シルヴィア様、大丈夫ですか?」

「……おろしてください」

 荷馬車に酔ったのかと、ジーナは慌ててシルヴィアを荷馬車から下ろす。

 すると、這いつくばったシルヴィアは草むしりを始めた。

 ジーナは、目が点になる。

「お、シルヴィア様? 綺麗にしたいという気持ちは分かりますけど、そんな容態のときにやらなくていいんですよ?」

 声を裏返して止めに入ったら、シルヴィアが首を横に振った。


「魔力をほじゅうします」

「草むしりが!?」


 ジーナが仰天した。

 シルヴィアが必死で草をむしっていると、エドワードもやってきた。

「おい!? 何やってんだ!?」

「それが……魔力の補充に草むしりがいいって……」

 シルヴィアの奇行にエドワードが驚くと、ジーナが戸惑いながら答えた。

「草むしりが!? ……シルヴィア、ソレって俺たちがやってもダメなのか?」

「…………」

 シルヴィアはちょっと考え込んだ。

「配下でもいけそうです」

「よしきた。ジーナ、草をむしるぞ。あと家畜たちにも指示してくれ。草を食えばむしったことになるだろ」

 エドワードの言葉を理解したのか、家畜たちが一斉に草をついばみ始めた。掘り起こしたりもしている。


 しばらくすると、シルヴィアが立ち上がった。

「立てるようになりました。ありがとござます」

 ジーナとエドワードが駆け寄った。

「良かった、顔色もよくなってる」

「だけど、あんまり無理するなよ。ここで野営するか?」

 シルヴィアが首を振った。

「中にはいります」

 エドワードは渋い顔をした。


「魔術を使わなくていいから質問だけに答えてくれ。……さっきの魔術で、中の様子は知れるのか?」

「だいたいわかります」

「中に、人はいるか?」

「いません」

 シルヴィアは言い切った。


「……城塞は、お前を主だと認めているんだな? その場合、主に危害を加えようとする者がいたら城塞は何かするか?」

「命令したら防衛も攻撃もします。でも、魔力がたりないので命令できません」

「わかった」

 エドワードは考え、

「……今日のところはどこか一室を根城にして、シルヴィアの魔力が回復したら徐々に探検しよう。シルヴィアの魔術無しだと普通の野営でも苦労するしな」

 今まで頼り切っていたため、野営の装備が不十分だったのだ。

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