9話 幼女、別れ話を持ち出す
三人はとうとう城塞手前の町までやってきた。
今まで旅をしたことがなかった二人はこれが当たり前だと思い込んでいるが、エドワードは順調にいき過ぎて怖くなったほどだ。
以降は城塞まで町はない。つまり、シルヴィア以外の二人の、旅の終着点だ。
ジーナは、ここまでくれば追っ手はないだろうと、当初は旅の最終地点にする予定だったが、今となってはシルヴィアたちと別れがたくなっていた。
小さな子が一人で旅をしている……それに同情したのもあるし、シルヴィアに情が移ってしまった。
それに、打算的ではあるがもしも城塞で働かせてもらえたら、もし彼らに見つかったとしても絶対に自分を連れ戻すのは無理だろう、とも考えたのだ。
自分にそこまでの価値はないと思うが……もしも連れ戻されたら監禁され、死ぬまで出られないままただ働きさせられるだろう。
ぶるっと震えたあと、シルヴィアの様子をうかがった。
エドワードも今後を考えていた。
もしも城塞が公爵家の手の者に管理されていたとしても、『ここまで護衛した』という名目で金をせがむことも、言いくるめて城塞に入り込み金品を奪って消えることも可能だ。……こんな小さな子に城塞をくれてやり、一人で旅立たせている時点で誰かが管理している可能性はゼロに近いが。
と、なると、金目の物が城塞にある可能性も期待できない。酔狂はここまでにして別れるのが一番だ。旅はシルヴィアのおかげでほとんど損失はないし、まあまあ楽しかったのでここまでついてきたのに稼げなかった、ということとは相殺だ。
それに、この町はそこそこ栄えているので、何かしら稼げるだろう。
……そう、頭では考えている。だが、感情がついていってない。
エドワードも、シルヴィアにほだされてしまっていた。
『歪な環境にいた』と察するにありあまるほど、シルヴィアは同年代の少女とは異なっている。
表情がほとんどないのは周りに人がいなかったからじゃないかと思う。
特に笑顔がないのが気になった。笑わせてやりたい。と、思ってしまっていた。
シルヴィアは、あいまいな表情でぼんやりと自分を見ている二人を見ると、二人に向き合った。
「二人は、これからどうしますか」
急にふられた二人は動転した。
「えっ……あの……」
「いや、まぁ」
あいまいに濁すと、シルヴィアは無の表情になった。
「私は、城塞にいきます。城塞でくらします」
キッパリと言ったシルヴィアに、二人は何も言葉を返せない。
そんな二人を見て、シルヴィアは頭を下げた。
「ここまでいっしょきてくれて、ありがとうございました」
そう言ってから顔を上げると、無表情のままくるりと踵を返し、歩き出す。
「待てよ。せっかくだし、ここで一泊しようぜ。金なら俺が……」
「私は、いきます」
エドワードの言葉を遮り、シルヴィアは振り返らずに歩きながら言った。
家畜たちも振り返らずにシルヴィアについていく。
「――待って!」
ジーナは叫ぶと同時に走り出し、シルヴィアの前に立つと頭を下げた。
「私、実は職を探しているんです! できれば安全な、そうそう誰も手出しが出来ない場所で働くことが希望なんです! 良かったら、私を城塞で雇ってもらえないでしょうか!」
シルヴィアは、あまりのことにポカンとしてしまった。
エドワードも呆けたが、「出遅れたかな」と頭をかいたあとにシルヴィアの前に立ち、膝をついた。
「私は以前、近衛騎士だった経験があります。今は鍛錬しておりませんが、それでも多少の腕の自信がございます。寛大なシルヴィア様の慈悲にすがり、私も雇っていただきたいのですが……いかがでしょうか」
言いきったあとに顔を上げてシルヴィアを見たら、見たことがないほどに驚いている。
思わずエドワードは噴き出した。
ジーナも思わず顔を上げてシルヴィアを見て、同じく噴き出す。
「……どうしてわらうですか?」
シルヴィアが尋ねると、笑いをなんとかおさめたジーナが言った。
「だって……今まで見たことがないほど驚いてるんだもん」
「目玉が飛び出そうだったぜ?」
エドワードがそう言うと、シルヴィアが瞬きして目をこする。
その手をジーナが止めた。
「こら。シルヴィア様、目を擦っちゃいけませんよ?」
「はい」
シルヴィアはうなずくと、恐る恐ると言った感じで尋ねた。
「…………城塞、だれもいないですよ?」
「「知ってます」」
二人が声をそろえて答えた。
シルヴィアはちょっと黙ってからまた言った。
「お給料がはらえるかわかりません」
「行ってみてから考えましょうよ。まだ見てないんですし」
「そういうこった。城塞なんて平民じゃ一生入れないところだからな。探検して、ダメそうならまたここに戻って三人で暮らしてもいいんじゃないか?」
エドワードの提案に、ジーナがはしゃいで言った。
「賛成!」
シルヴィアは戸惑って二人を見ていたが、だんだんと笑顔になっていった。
その表情を見て、二人は驚いた。
――初めて、シルヴィアの笑顔を見た。
それは年相応でかわいらしかった。
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